質的研究法の指導ワークショップ資料(東京学芸大学, PME in Japan, 11/22/2001)

 

 大学院を担当している方は、数学教育で修士論文を書く学生に教育研究の方法をどのように指導したらよいかいろいろと工夫なさっていると思います。統計的手法を使ったいわゆる「量的」研究法については、長い伝統に培われた多くの教科書や便利なソフトウェアがあり比較的指導しやすいのですが、近年盛んになってきている「質的」研究法については、日本では必ずしも指導環境が整っていません。私自身は質的研究を利用した研究は5度行っていますが、大学院の授業で質的研究法そのものをどう指導したらよいかについてはいまだ試行錯誤しています。

 質的研究法の指導を組織的に整備するために、「数学教育のための質的研究法講座」(以下、「講座」と呼びます)を1998年から私のホームページ(http: //www.sv.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~ysekigch/) に公開し始めました。これは、私の研究協力者の先生に、教育研究のすすめかたを説明するために作った資料がもとになっています。この内容は、私がジョージア大学でJudith Preissle教授の授業を受けたときの経験や資料および私自身の研究経験を基本にして、さまざまな新しい情報を付け加えていって作っています。その後改訂・増補を重ねてこの「講座」の内容がかなり充実してきたので、1999年度の大学院の前期授業(以下、「研究法演習」と呼びます)以来、少し組織的に質的研究法の修得を指導を試みています。

 

研究法指導の基本方針

実習重視の指導

 研究法の授業は、受講生による実習が最も重要になります。日本の大学院には研究文献の理解と解釈を中心とする「文献購読」の授業が多いのですが、質的研究は実際にデータをとって分析を実行しなければならないので、文献購読だけでは不十分であり、実践的技能を身につけるための実習が欠かせません。

 

組織立った指導

 修士課程のように2年間しか時間がない場合には、短期間で基本的技能を一通り身につけられるように組織だった指導が不可欠です。指導教官や上級生の研究の仕方の「見よう見まね」だけで修得するのは難しいでしょう。昔の文化人類学では、フィールドの中にいきなり飛び込んでその中でフィールドワークの技術を自ら編みだして体得していった場合もあったようですが、そのような無謀なことはフィールドに多大の迷惑をかける危険性があり、教育研究では許されるべきではないでしょう。

 

指導者用資料の活用

 実習用の課題と実習の指導を考案するために、近年出版された下記の本を利用しました:

 Janesick, V. J. (1998). Stretching exercises for qualitative researchers. Sage.

著者は、約20年にわたって教育関係の大学院において質的研究法の指導に携わった実績があります。元ダンサーであり振り付け師でもある経験を生かし、質的研究の営みをダンスにたとえて、質的研究法のトレーニングを、踊りの前の「ストレッチング」として位置づけています。質的研究では、研究者自身の心身が研究の道具になり、「見る」、「聞く」、「話す」という行為とそれから得られたことへの絶えざる分析が求められます。これは、心身を表現の道具とするダンサーの営みとよく対応しているようです。

 著者は、質的研究のプロセスを、「観察」「インタビュー」「研究者の役割」「分析」の4つの側面からとらえており、それぞれについて一章がさかれており、多くの実習課題を提供しています。各実習については、実習の目的、実習課題、実習における活動の内容、制限時間、話し合いのポイント、実習の理由、回答例などが述べられています。それぞれの章の実習は、比較的簡単で短時間で済むものから、だんだんと高度で時間のかかるものへと配列されています。例えば、観察実習のExercise 1は、テーブルの上に5つの品物をおいて、それらを観察して文章で描写する5分間の課題です。それから広い場所の観察や動いているものの観察の実習へと進み、最後のExercise 7では、レストラン、コーヒーショップ、ショッピングモール、動物園、礼拝施設、博物館などの公共の場所へ行き、観察してそこで起こっていることを理解する3週間の課題が提案されています。

 その他,指導者に特に役立つと思われるものを挙げます:

・箕浦康子編(1999)『フィールドワークの技法と実際:マイクロ・エスノグラフィー入門』(ミネルヴァ書房)

・エマーソン, R., フレッツ, R., & ショウ, L. (1998). 『方法としてのフィールドノート』(新曜社)

Teppo, A. R. (1997). Qualitative research methods in mathematics education (JRME Monograph No. 9). Reston, VA: NCTM.

 

受講生の関心および数学教育研究の特徴への対応

 博士課程の院生ならばともかく、日本の修士課程の数学教育専攻の院生に対しては、上記の本の実習をすべて実施することは、授業時間や受講生の能力を考えると、あまり現実的ではないと思います。また、文化人類学や社会学のような広く多様なテーマを扱える分野ではなく,数学教育という特定の分野の学生だけが受講しているので、彼らに合わせる配慮も必要です。質的研究法に関する日本語の書物は最近出版が増えてきましたが,日本語で書かれていても社会学の専門書などでは、数学教育の院生には内容が難しかったり、数学教育との関連も見えにくいという問題があります。

 私の授業では、 Janesickの本に述べられているものに私なりの手を加えたものを実習に利用しました。当然のことですが、自分の「講座」を利用できたことは、授業の準備をするのに大変役立ちました。

 

講義の構成

 

1 質的研究法とは

質的研究法概説

準備:

TT新聞記事 「TTで個性生かせ」(5/25/1999, 朝日新聞,山口朝刊)

・池田央(1971)「研究計画の論理」in『行動科学の方法』東京大学出版会(pp. 99-121)

・質的研究法入門講座

・関口(1994)「論証指導で何が起こっているか:ある授業実践の民族誌的研究」筑波数学教育研究, 第13号, pp. 1-10)

・ランパート, M. (1995). 真正の学びを創造する:数学がわかることと数学を教えること。佐伯胖、藤田英典、佐藤学編『学びへの誘い』(pp. 189-234)、東京大学出版会

・関口(1997) 「学校数学と教室文化」in 日本数学教育学会編「学校数学の授業構成を問い直す」(pp. 19-32)産業図書。

進行:

TT新聞記事を読んで議論する。アンケート調査研究や実験的研究などの量的研究の特徴と問題点について議論する。量的研究の場合には,実験計画法についての基本的知識を勉強しないと,様々な落とし穴に陥ることを注意する。池田央「研究計画の論理」から回帰効果の説明する。

・ 受講生の研究テーマについて話し合う。

・質的研究法入門講座の「はじめに」を説明し,質的研究法の諸前提について論じ,どのような研究課題を探究するのに適しているかを検討する。

・質的研究法を用いた研究論文について議論する。関口論文,ランパート論文(授業の前の週に配布し,予習させておく)についての説明と議論

 

2 観察法

 

2-2)観察ノートの作り方

 「質的研究法講座」ステップ4をもとに、観察ノートの作成の仕方を論じる。

 

2-3)観察実習1

準備:

・レポート用紙・テーブルとさまざまな色や形のカップや置物等を5つ以上。

・腕時計で時間はかる。

進行:

Janesick (1998)の課題Exercise 1を行う。5分の観察を、見る位置を変えながら、2ラウンド行なう。

・各自の観察記録について討論:

 (1)  1回目に、この課題にあなたはどのように取り組んだか。2回目は、1回目とは違った取り組みをしたか?

 (2)  観察しているとき、現場でどのような困難を感じたか。

・1回目 言葉で表現しにくい模様や色をどう記述するか。補助するものとして、イラストや写真がある。しかし、それは補助手段であって、言葉での説明なしにすますことはできない。

・2回目 見る位置によって見え方が異なる。従って、観察者の位置を明示することが大切になる。

・記述する順序をどうするか。現場をみていない他者にわかるように記述するには,どのような書き方が適切か。まず,全体の様子と観察者の位置についての情報が最初に必要である。自分の注意を個人的にそそったものを中心にして、「その右」「その隣り」と羅列していくのは、全体像を伝えにくい。自分の第一印象にひきづられてはならない。物事には唯一の解釈というのはない。

・自分の感想や意見はOCとして、分けて書きこむ。「私の気に入っている模様」とかは、記述とは別に記録する。さまざまな捉え方が可能なのである。自分とは違った解釈の可能性を排除したり、妨げたりするような記述のやり方は、好ましくない。事実と意見の区別を破棄することは、個人の解釈をおしつけるだけの記録になる。

・2回目は、1回目に見慣れてしまった部分を省略して、新しい部分に重点をおきがち。

・人によって描写の仕方がいろいろある。これが正しいというものはない。しかし、いろいろな人の描写を読むと、どれが優れた描写かが見えてくる。

・どこまで詳しく描いたらよいか。これは,研究課題による。どこに焦点をあてたらよいかをそれから定める。もちろん、判断を誤れば、重要なデータを記録しそこなう。後からもっと詳しく記録しておけばよかったと後悔することもある。

 

2-4)観察実習2

準備:

・レポート用紙。(後でコピーし易いように,大きさを統一した方がよい)

進行:

Janesick (1998)からExercise 3を課す:「自分が見慣れている場所を選び、そこを初めてみるつもりで描写しなさい。」

・観察記録は、コピーして、互いに読みあう。

20分間の観察実習後の話し合いのポイント:

(1) これまでの観察実習と比べてどこが難しいと感じたか。

(2) この課題にあなたはどのように取り組んだか。

(3) 観察しているとき、現場でどのような困難を感じたか。

・広い場所では、焦点の絞り方に関する判断が求められる。それは描写で何を目標にしたかによる。全体像と観察者の位置の情報はより重要になる。

・場所の説明には、言葉だけでなくイラストやフロア・プランなどの図が役立つ。

・見慣れた場所は、無意識にとらえている部分が多い。記述しようとすると、それらを意識にのぼらす努力が必要となる。逆に、見知らぬ場所の方が記述するのは比較的楽になる。

・観察する時間は限られている。限られた時間内で効率的な観察をするには、計画が必要である。

 

2-5)観察実習3

 参加学生2人に、小学生または中学生になったつもりで15〜20分間で算数または数学の問題に取り組んでもらう。他の学生はそのやりとりをみながら観察ノートをつける実習を行う。

 

案1 Taxicab Geometry

準備:グラフ黒板,1cmます目の方眼紙

進行:20分

Taxicab geometryは,米国の数学教育の教材としてよく知られている。(これについては,インターネットなどで検索して資料を集められる。)距離についての数学的定義,日常的知識,学校の知識の関係をめぐるnegotiationを誘発するのに使える。 Taxicab geometryで受講生に軌跡の問題を考えさせる。

・指導者が受講生Ss2名を選ぶ。2名と一緒に問題を探究する。2名は、taxicab geometryを知らないものから選ぶ。

・導入としては,以下のようなやりとりが考えられる:

T: 私はここらへんは不案内なんだけど。近くの飲み屋はどこかな?Aか。大学からAまでどれくらいの距離がある?

S:3キロくらいかな。

T: 3キロというのは、どうやって見当つけました?

S:・・・から・・・まで1キロ、・・・から・・・まで2キロ

T:ちょっと図に書いて。・・・なるほど、道路沿いにはかっているんですね。数学で、平面上の距離ときと同じですか?

 ここで,方眼紙の縦横の線を街路に見立てて,「タクシー距離」(街路に沿った道のりの最短距離)を定義し,以下の軌跡の課題を提示する:

課題:「この平面(街路)上に2点を任意にとるとき、2点からのタクシー距離が等しい地点全体は、どういう形をしているか。」

 

案2 100円玉の回転

準備:100円玉2枚

課題:以下の問題に、2人で話し合いながら取り組ませる:

100円玉2枚と黒板を利用してください。(1) 100円玉2枚をテーブルの上に隣り合うようにくっつけて並べる。一方の100円玉(A)を固定し、その周りにもう一つの100円玉(B)をすべらないように回していく。100円玉Bはもとの場所に戻るまでに何回転するか考えなさい。なぜそのような答えになるのかの2人が納得する理由をみつけなさい。(2)上の問題で固定した100円玉Aの代わりに、100円玉の半径の2倍の半径をもつ円盤Cを使うとする。Cの周りに100円玉Bを上と同様に回していったとき、もとの場所に戻るまでにBは何回転しているか。」

 この課題は,「相手にわかりやすく」説明するのに,工夫が要求される。

 

実習後の話し合いのポイント:

(1) これまでの観察実習と比べてどこが難しいと感じたか。

(2) この課題にあなたはどのように取り組んだか。

(3)         観察しているとき、現場でどのような困難を感じたか。

(4)         観察対象学生に,質問してどのような思考が進められていたかを理解する(インタビューへの導入)

・言葉をその場で記録するのが難しい。オーディオ記録が欲しい。ただし、レコーダをいつでも使えるわけではないので、フィールドで記録する技術は大切。例えば、廊下で立ち話をしたときなどは、いちいちレコーダを使えない。また、いつもレコーダを使っていると、それを聞きなおすのに膨大な時間をとられる。

・映像記録、ビデオカメラが欲しくなる。しかし、ビデオも一部分しか記録できない。また、ビデオ録画から、トランスクリプトを作るときに、いろいろな動きをどう記述するかの問題がやはり起こる。

・すべてを観察することはできないので、自分なりの何らかの観察テーマを設定して、観察をすすめる。自分なりの解釈、知見、意見、興味を感じたこと等については、「OC」等のマークを利用して、観察と区別して書く。その他、詳しい書き方については、「質的研究法講座」ステップ4を熟読する。

 

2-6) 授業の観察研究をするときの注意

 授業観察は,教育研究で基本となる。これについての,注意事項を論じる。第1回レポートの説明の一環でもある。

1. 参観日の前日の夜は、十分睡眠をとっておき、授業中に集中力を切らさないようにすること。(プロの研究者でも、1時間の観察はハードである。)

2. 腕時計をわすれないこと。時間を事前に合わせておくこと。

3. 授業中は、授業をさまたげることなく、さりげなく、生徒たちの様子を見て回ること。

4. 授業中は,観察と記録に集中していること。

5 授業参観後に、観察内容について他人と話し合ったりしないこと。それよりも、思いついたこと、書き忘れたことなどを、自分のノートにメモることに専念すること。

6. 授業後に、授業者からお話を聞く機会があるときは、補足データとして大いに活用する。

7. 研究会終了後に、すみやかに観察ノートを作成すること。ビデオ記録をしていてもである。ビデオカメラがどこを取っているのか,後になるとわからなくなる。後回しにすると記憶が薄れてしまう。観察メモ、指導資料、研究会資料等を保存してください。

8. ビデオ記録,オーディオ記録の取り方については,製品の進歩に応じて工夫することが大切である。

 ビデオは理想的には,教師と生徒の両方の顔をとれるように教室の横側からとる。外付けマイクロフォンなどを利用するかどうかも検討する。

 授業中のノートや板書を記録する方法として,デジカメ機能つきデジタルビデオカメラを利用するとよいかもしれない。

 オーディオ記録は,デジタル録音をする。外付けマイクロフォンを利用すると,感度がはるかによくなる。

 

レポート(第1回)

1. 課題:

(1)附属学校研究会に参加し、いづれか一つの研究授業を選んで参観して「観察ノート」を作成する。

(2)上記の課題を通しての自己評価を作成する。

2. 作成・提出上の注意:

(1) 研究授業中にとったメモおよび研究会で配布される指導案等をもとにして、観察ノートを補足完成して、パソコンワープロなどで清書して1部提出する。レポートは、「研究法演習」の授業で全員にコピーして配布し議論の資料とするものであることを念頭におく。

(2) すべてを観察することはできないので、自分なりの何らかの観察テーマを設定して、観察をすすめる。自分なりの解釈、知見、意見、興味を感じたこと等については、「OC」等のマークを利用して、観察と区別して書く。その他、詳しい書き方については、「講座」入門編ステップ4を熟読する。

4. 「自己評価」については、以下の点について自分の考えを述べるものとする:

(1) これまでの「研究法演習」の授業での練習課題と比べてどこが難しいと感じたか。

(2) この課題にあなたはどのように取り組んだか。

(3) 観察しているとき、現場でどのような困難を感じたか。

(4) もう一度観察する機会があるとすれば、今度はどのような点を改めたいか。

 

2-7)ビデオ観察実習(参考:箕浦, 1999, pp. 23-29)

Attaining excellence: A TIMSS resource kit (US Department of Education)のビデオテープから、米国8学年の幾何の授業を見る。Moderator's Guideから授業記録をコピーして配る。米国の授業の様子について、質的研究の視点から討論する。

・その他,授業のさまざまな見方を促進するのに適したビデオテープがあれば,それらを題材にする。どのような見方があるか,どのような研究課題を設定できるかを話し合う。

 

2-8) 観察実習のまとめ

 受講生の第1回レポートを全員にコピーし、それらをもとに、観察記録の付け方について討論する。

 

3 質的インタビューの方法

 

3-1)質的インタビューの方法概説

準備:

・「講座」インタビューの方法

・「社会調査(補訂版)」(福武直、岩波全書)第3章から、面接調査の基本について説明する。

・「ロフランド, J. & ロフランド, L. (1997). 『社会状況の分析:質的観察と分析の方法』. 恒星社厚生閣」第5章「データの記録の仕方」を資料として配付。

・東山紘久『プロカウンセラーの聞く技術』(創元社)

進行:

 講座「インタビューの方法」を解説する。他の資料は,参考として挙げる。

 

3-2)インタビュー実習1

進行: 

受講生2名を選出してもらい、一人がインタビュアーになりもう一人を相手にインタビューを実演する。

(1)時間:10分間

(2)トピック:「あなたが最も関心をもっていること」

(3)インタビューの目標:受講生の関心をもっている世界について理解を深める

(4)手順: 

[1]インタビュアーは、選出された受講生に「最も関心をもっていること、あるいは今関心を持って取り組んでいること」は何かをはじめに聞く。インタビュアーおよび他の受講生に、5分間を与えて、インタビューの質問計画を立てさせる。 

[2]インタビュー計画が立てられた後に、選出された受講生とインタビュアーが向かい合ってすわる。

[3]インタビュアーは、時間をストップウオッチで計る。 

[4]インタビュアーは、ノートをとりながらインタビューを開始する。 

[5] インタビュアーが一通り質問を終えたら、まわりの受講生に質問させる。 

[6]10分後にインタビュアーを終了する。

[7]インタビュアーの質問の種類、意図、結果について検討しあう。

・インタビューガイドと実際の質問とのギャップはあったか。どうして、ギャップが生じたか。

・質問の様式は、適切か

・質問の意図に適切に沿った聞き方をしたか

・答える側の話をうまく引き出せたか?誘導尋問が強くないか

・インタビューで相手について何がわかったか?

 

3-3)インタビュー実習2

進行: 別の受講生2名を選出してもらい、そのうちの1名がインタビュアーになりもう1名を相手にインタビューを実演する。手続きは、インタビュー実習1と同じ。

 

3-4) インタビュー研究事例の検討

 インタビュー法を利用した研究論文をもとに、インタビュー課題の選び方やインタビューの方法や問題点について議論する。

 

レポート(第2回)

1. 課題

 質的研究法を用いた小プロジェクトを計画して、実施し、実施報告をレポートとして提出する。プロジェクトのテーマは、数学教育に特に関係する必要はない。

 プロジェクトのサンプル:(略)

2. プロジェクトの最終計画の連絡と計画実施許可

 E-メールで私に最終計画の内容を連絡し、計画実施許可の返事を私から得ること。

 計画についての相談は、研究室ないし電話でも受け付けるが、最終計画の内容は、必ずE-メールで送らなければならない。許可を得るまで実施することは認めない。

3. 実施報告書提出:締め切り厳守

4. 実施上の注意

・データ収集の対象者から事前に許可が必要な場合は,必ず研究の内容説明をして事前に許可を得る。

・データ収集の対象者のプライバシーの保護には最大の配慮をする。とくに、テープレコーダやビデオカメラ等の機器の使用は、必要最小限にし、盗聴・盗撮と誤解されるようなことは絶対に行ってはならない。

・法律および社会的モラルに反する危険が予想されるものは一切計画しない。

・心身の危険や人間関係のトラブルを招くことが予想されることは一切計画しない。

・金銭授受を伴うことは、避ける。

・上記の事項に抵触するかどうか不安があるときは、実施しない。

・観察とインタビューのいづれかまたは両方を研究方法に含める。

5. プロジェクトの最終計画の内容

 下記の事柄を連絡すること:

 課題、課題選択の理由、研究対象の選択、データ収集の手続き、プライバシー等に対する配慮の仕方。

6. 実施報告書作成要領

 実施報告は、「講座」の「入門編」を参考にして作成する。以下の項目を含めること:

(1)課題(2)課題選択の理由(3)研究方法(4)データとその分析(5)反省点(6)参考文献

実施報告書作成・提出上の注意:

・ワープロで作成して提出する。レポートは、「研究法演習」の授業で全員に配布し議論の資料とするものであることを念頭におく。固有名詞などプライバシー等に関わるものは、仮名等に変更しておく。

・レポートは5ページ以内にとどめる。ただし、データを付録として自由に添付してよい。

 

4 データの分析と論文の書き方

 

4-1)データ分析の方法の概説

 「講座」ステップ5をもとに,データ分析の方法を概説する。

 

4-2)データ分析実習

準備:

 分析実習のためのデータを用意する。授業かインタビューセッションのビデオテープ,オーディオテープ, のいずれか,およびそれらのトランスクリプトを用意する。30分くらいのデータで十分。

 トランスクリプトの場合は,固有名詞などを匿名や仮名にする。分析し易いように,行番号をつけて,ページの右側に余白を5センチ以上とって印刷する。

進行:

・用意されたビデオテープ,オーディオテープを視聴する。

・トランスクリプトを1行ごとにみていく。どのようなコードが付けられるか,ブレインストーミングをしていく。

・どういうパターンが頻繁に繰りかえされるか,を議論する。

・パターン同士にどのような関係付けが可能かを探る。

 

4-3)論文のまとめ方

・「講座」ステップ6をもとに,論文の構成要素について説明する。

・「講座」質的研究論文データベース(試案)をもとに,いろいろな研究論文の構成について知る。

 

4-4)受講生のプロジェクトの進行状況についての報告と議論

 受講生の第2回レポートについて報告してもらい、それについて議論を行う。

 

5 質的研究法の講義の運営

 

受講生と指導者に要求されるもの:

実習中心の授業は、受講生の直接参加があるため、緊張感があります。傍観していられないし,レポートもあるので、受講生に要求されるものは大きい。しかし、これは指導者も同じです。実習後に、実習内容について議論をするのですが、何を議論するか、どういう点をポイントとして抑えるかなどは、その場で判断しなければならないので、気を抜くことはできません。とくに、観察にしてもインタビューにしても、数学教育に限らないさまざまな話題が関係してくるため、議論を深めるためには、文化人類学、社会学、心理学、および時事問題について幅広い素養を身につけておくことが必要になってきます。特に,「文化」を議論するときは,数学教育の知識だけでは到底間に合いません。

 

倫理的問題への配慮

観察実習,インタビュー実習,プロジェクトを教育現場で実施する場合,人間を実習対象とするため,人道的問題に注意しなくてはなりません。対象者の不利益になることや精神的,ないし身体的な被害を与えることを,避けるために最大限の注意が必要です。

 

質的研究論文の実例の蓄積

 学生の多様な関心に対応するために,質的研究法を用いた数学教育の論文の多様な実例がどうしても必要になります。教育用に適切な実例を蓄積していく必要があります。また,論文を漠然と読んでしまうのでなく,論文の方法論的側面を吟味する(critique)読み方を学生に指導する必要もあります。それゆえ,方法論に焦点をあてた質的研究論文のデータベースをなんらかの形でつくっておくと便利です。

 

受講生の評価:

 受講生がどれくらい質的研究法を身につけたかの評価は、第2回レポートのプロジェクトでほぼ判断できると思います。プロジェクトのトピックについては、実施計画への許可を与える時点で指導者が指導をしていますので、当然ながら社会的、文化的ないし教育的に興味深いものに絞られます。プロジェクトは,講義の中で進行状況を報告させ,それまでに質的研究法の講義で学んだ様々な考え方や手続きを振り返りながら議論するのが理想的です。その中で受講生が研究法をどれくらい理解し身につけているかをチェックできると思います。

 

修士論文の指導

 大学院生にとっては, 修士論文研究を進めるのに,質的研究法をどう活用するかが一番重要な問題となります。これについては,院生一人一人の関心に応じて研究課題を決め,セミナーを定期的に開いて研究の進め方を随時検討するのが普通です。「講座」各論編の内容は,指導者が折に触れてセミナーで取り上げる程度になるかと思います。

 


 

付録

データ分析用トランスクリプト

 

9:40 HWチェック ワークpp.68-69

T,このクラスがいま数学一番進んでいると言う。

T,証明の「問題解き大会」をやるという。問題はワークP69 1、2、3番。T,生徒に時間を与える。

 

[省略]

 

9:47 VTR 岡田

3番

AOMと△BOMにおいて

OMA=∠OMB---(1)

 OA=OB---(2)

OMは共通 OM=OM---(3)

OM⊥AB

 

[省略]

 

T:「各班に一問ずつ割り当てます。だから当たった班の人はですね、手分けしてやったほうがええと思いますが、誰かが前に書きます。誰かが説明します。で、質問出たら、その班の人で協力して答えます。」

T,割り当てるためのくじを作る。

 

[省略]

 

9:51 佐川が川口のノートで岡田、坂田、川口と3番について議論している。

 VTR 川口

3番

AOMと△BOMにおいて

AM=BM---(1)

OM=OM---(2)

AO=BO---(3)

(1)(2)(3)より

三辺がそれぞれ等しいので

AOM≡△BOM

よって OM⊥AB

佐川:「全部、角は、これとこれが一緒、これとこれが一緒、これとこれが一緒なんやろ。」

川口:「うん。」

佐川:「で、これとこれも一緒なんやろ。」

川口:「うん。」

佐川:「だけどさ、きちんど90度になる・・・」

川口:「90度で合同とは限らないだろ。」

岡田:「けど、合同ってでるにはさあ・・・」

佐川:「でも、もしかしたら89度かもしれないじゃない。」

岡田:「でも、でも、・・・」

9:53 T,3つの班へ問題を割り当てる。

 

[省略]

 

9:56 割り当てられた班からの何人かが解答を黒板に書き始める。

 

[省略]

 

黒板に書いてある証明の説明が始まる。

 

[省略]

 

10:21 井原が問題3の証明の説明にいく。

 

ABの中点をM

ならば

OM  I  AB

AOMと △BOMにおいて

 AM=BM---(1)

 OA=OB---(2)

OMは共通なので

 OM=OM---(3)

(1)(2)(3)より

3辺がそれぞれ等しいので

AOM≡ △BOM

よって

 OM  I  AB [  I  は垂直マーク]

井原、問題を読もうとし、ワークを読むか黒板にTが書いたのを読むか迷う。Tがどっちでもよいという。

10:22 井原:「弦ABの中点をMならば、OMとABは垂直です。まず、[井原、定規で図を指す]三角形AOMと三角形BOMをつく、作ります。三角形AOMと三角形BOMにおいて、作図より、AMとBMは等しいです。あと、円の半径はどこも等しいので、OAとOBは等しいです。OAは[T:「OM。」]OMは共通なので、OMとOMは等しいです。この仮定[(1)(2)(3)を定規で指す]より[T:「条件。」]、えーと、3、3辺が・・・」

Ss笑い。

T:「条件、仮定より、1、2、3って、仮定から始まって、それ条件、はい。」

井原:「この条件より、3辺がそれぞれ等しいので、三角形AOMと三角形BOMが等し、合同です。よって、OMとABは垂直です。」

井原、自分の班の方を見ている。

井原、黒板を下ろして、(1)の行の前に「作図よ」と書き始める。

T:「作図よりでええんか?」

吉川:「仮定より。」

岡田:「ええなんで?作図でいいんじゃない?」

T:「仮定がええ。仮定と書いちょったらね、まあね、ほぼ大丈夫。作図と書いちょったら、あれ、と思うときが多いから、仮定よりでもうええです。」

井原、「作図よ」を消して「仮定より」を書く。図に等しいマークを付ける。

10:25 井原:「何か質問ありませんか?南先生。」

T:「はい。ほんなら意見いいます。確かにですね、OAとOBは半径だから等しい説明よくわかったし、ね、合同になるのもよくわかるんです。3辺がそれぞれ等しいっちゅうのもね。 OAとOB結んだんもええアイデアなんですが、一番最後、よって、OMとABは垂直って、たった1行で結論にいってますが、そこがなんでかわかりません。説明をして下さい。みんなもたぶん疑問に思っちょると思う。なんで合同なら垂直なの?さあ、頑張れよ、この班。」

同じ班の岡田、佐川、川口が顔を寄せあう。

佐川と川口が黒板へ行く。

佐川:「うんとね、わかったよ。ここ[図の円の中心Oを指す]とね、この[点M]距離がね、これ垂直やないとね、ここのね、このね、角とね。」

佐川、図の∠OMA、∠OMBに円弧形のマークをつける。

山野:「マークが違うで。」

佐川:「ああ、ええ、気にせんでええ。」

佐川、図の∠OMA、∠OMBのマークを直角マークに変える。

佐川:「で、もしここ[OM]がこの線[AB]と垂直じゃなかったら、こっち1度でもずれていたら、ここの三角形[△OMB]とここの三角形[△OMA]が合同になりません。」

T:「本当?」

岡田:「本当だって。」

佐川:「だって、[OMが]こっからちょっとずつ1度でもずれたら三角形の面積が大きくなってね、合同じゃなくなる。」

T:「面積関係あるの、合同と?」

佐川:「いや、面積じゃなくてなんちゅうの・・・」

岡田:「形が違う・・・」

佐川:「そう、形が違ってくると。ここの線[OM]で折ったときにね、もしこの三角形[△OAB]折り紙としてね、で、折ったときにね、ね、ピッタリならん。」

佐川、手で折り紙を2つに折るしぐさをする。

T:「そこなんて書くんか、文章で?」

Ss笑い。

山野:「折り紙にしたときに・・・」

T:「折り紙にしたときにピッタリ合わない。」

Ss笑い。

佐川:「なんて書く?ん?」

T:「言ってる意味はすごくわかる。ここが難しいな。」

佐川、川口と図を見ながら話しを交わしている。

佐川:「先生、これ以上はわかりません。」

T,黒板へ行く。T,証明の最後の行だけ消す。

T:「ちょっとここだけ先生、追加で変えますが。今、三角形これとこれが合同だというのがみんな間違いなくわかったと思うんよ。ええ、合同なんやろ。ということはよ、ええかね。ここの角の大きさとここの角の大きさは、対応する角の大きさだから等しいはずやな、ええね。いま、この2つの角を足したら何度になっちょらないけんの?」

Ss:「180度。」

T:「だろ。等しい角が2つあって、それを足して180度だということは、1つの角は何度ですか?」

Ss:「90度。」

T:「90度やな。だろ。等しくて足して180度になるんやから90度やな。ということは、ここが垂直じゃろ。ちゅうような説明を書くんが一番当たり前やね。はい、だから、先生このあとこう書くよ。よって、角AMO、まあ、OMAでもええですが、イコール角BMO。ね、合同だから角が等しいよ。また、角AMO足す角BMOは、180度だよ。//ね、ええ。だから、[チャイム]まあ、この辺[「よって」「また」「だから」の語句を指す]は適当にコトバつないで、はい、角AMOは90度だよ。真、当然、BMOも90度だけどね。はい、よって、OM垂直ABだよ。だから、この説明の中で要るのは、90度というコトバが要ります。コトバといか、数字、ね。垂直ってコトバを説明するにはやっぱり、90度だよということを必ず文章の中で書いて下さい。大丈夫?」

[黒板]

よって、∠AMO= ∠BMO

また、∠AMO+ ∠BMO=180°

だから、∠AMO=90°

よって、OM  I  AB

終了。