どのような分析の単位を用いるか?


 分析というのは、現象をいくつかの要素に「分解」することです。分解の仕方はさまざまなものがあります。これは、例えば、2万5千円という金額をお金で表すときに、1円玉だけ使うか、10円玉だけ使うか、50円玉と100円玉を組み合わせるか、あるいは紙幣だけで表すかによってさまざまになるのと似ています:どのような単位を使うかが分解の仕方を大きく左右するわけです。社会的・文化的現象を分析するためにも社会科学の研究において様々な単位が様々な研究上の脈絡のなかで生み出されてきました。ロフランドら(1996)は、それらを次の10に分けて説明しています:慣習的行為(practices)、エピソード、遭遇、役割、関係、集団(groups)、組織、地域社会(settlements)、社会的世界(social worlds)、ライフスタイルあるいは下位文化。以下では、この分類に従って、教育現象の分析に役立つ単位について考えてみましょう。ただ、そのうちのいくつかについては、「入門編」のデータ分析の項目ですでに述べたことと重なるので簡略に紹介します。
 これら分析の単位は、現実世界をとらえる概念的なカテゴリーです。そのカテゴリーに属する実例は、ケース(cases, 事例)と呼ばれたりします。ある特定の単位を研究する場合に、どのようなケースを選んだらよいのかという問題が、事例の選択(サンプリング)の問題として大変重要になります。これについては、別のところで論じます。 

1 慣習的行為(practices)

 これは「入門編」ステップ5 Bogdan & Biklenのコード(6)活動(activity)にほぼ相当します。慣習的行為は、社会的・文化的生活において繰り返し現れる行為で、しかも当事者たちからは「ごく普通」のこと、「ありきたり」のこととして受け取られているものです。日常生活の中の例でいえば、挨拶とか儀式などは慣習的行為のうちで最も典型的なもので、文化研究でも最も基本的な考察対象です。学校生活の例では、例えば、学校では毎日「掃除の時間」があり、教師と生徒たちが一斉に学校を掃除するのはごく普通のことです。このような行為は外国の学校では必ずしもみられません。日本の教育文化を理解しようとするなら分析の対象となる慣習的行為の一つでしょう。
 最近は、学校外における数学的活動の研究が進んでいます。例えば、ブラジルの貧困層の子どもたちが街頭で物売りをしているときに顧客との交渉でどのような計算をしているか(Saxe, 1988)とか、主婦がスーパーマーケットで買い物をするときにどういう計算をしているか(レイブ, 1995参照)、南アフリカの伝統的工房で大工さんたちがどういう幾何学的知識を活用しているか(Millroy, 1992)等が観察やインタビューで調べられています。これらはいづれも当事者たちにとっては日常的な行為であり、慣習的行為として分類できるでしょう。 

2 エピソード

 ロフランドらの定義では、営為と対照的に、エピソードは当事者達にとって普通とは違った、驚きをもってみられる現象をさします。

 「入門編」ステップ5 Bogdan & Biklenのコード(7)出来事(event)で論じたことに相当します。

3 遭遇(encounters)

 ロフランドらの定義では、これは、複数の人々が互いに物理的に近い距離で交流するような社会的システムをさします。参画者の直接的な参加によって生み出され維持されるものであり、参画者がその場所を離れれば消滅するような比較的短命のシステムです。典型的な例は、エレベーターでの乗り合わせの場面、薬局で客が買い物にきたときの客と店員の交流の場面、診察室での医者と患者のやりとり、スーパーの売り場での主婦の井戸端会議,委員会での話し合い、PTAの総会、面接試験、進路相談のための三者面談、職場の廊下での会話、公開の授業研究会などです。
 ただし、通信技術の進歩により人々の交流の仕方も「物理的に近い」という制約がなくなりつつあります。それゆえ、電話やインターネットを通じて複数の人々が交流するような状況でも「遭遇」の例を考えることができるでしょう。例えば、知らない人から電話や電子メールがきた場面は、「遭遇」として扱うべきでしょう。

4 役割(roles)

 「役割」というのは、社会生活のなかで人々が使う「人のタイプ」分けです。人々に「肩書き」をつけて人々の行動を組織化したり、人々に「レッテル」を貼って人々の行動を理解しやすくしたりする概念的な道具です。

(1)帰属役割(ascribed roles)、フォーマル(formal)な役割
 帰属役割とは、この世に生まれたときに否応なしに割り当てられるもので、性別、年齢、国籍、人種などです。フォーマルな役割とは、会社や学校など今日の社会で公に存在している組織の中で割り当てられる「肩書き」で指し示されるもので、「社長」、「課長」、「校長」、「主任」、「生徒」、「クラス委員」、「母親」などで、もっとも見やすいものです。

(2)組織におけるインフォーマル(informal)な役割
 上記のフォーマルな役割に付加するかたちで、組織内に生成される役割を指します。例えば、学校のクラスやクラブのなかでも、周りの雰囲気を明るくする「ムードメーカー」、頻繁に問題を引き起こす「トラブルメーカー」、発言力が強い「ボス」、まわりの生徒から人気のある「スター」など、表だっては割り当てられていないけれど組織のあり方になんらかの影響を与える役割が多くあります。

 米国の高校の数学のクラスを観察とインタビューで研究した前出のティント(Tinto, 1990)は、クラス内に「答えの人たち」という役割を見いだしています。そのクラスには9、10, 11学年の生徒たちが混在しているのですが、9学年の生徒たちは際だって成績がよく、他の生徒たちから一目おかれていました。他の生徒の何人かは、彼らが教師に指名される機会が多く、かつ教師の質問にすぐ正解を出せるのをみて、彼らを「答えの人たち」(the answer people)と呼びました:

これらの生徒たちは、教師は特定の名前を呼ばないけれども、生徒たちがある種のタイプの質問はある生徒たち[クラス内の9学年の生徒たちを指す]のみに向けられていることを知っていると指摘しました。カーラは、その生徒たちを「答えの人たち」と呼んだ。彼女は、「彼[先生]はいつでも、答えを知っているとわかっている人たちを指名するの。どの先生も普通にやってることよ。」と指摘した。後でまた彼女は、そういう人たちはいつでも指名されるから、たとえ教師が名前を呼んでいなくても、みんな彼らがどの問題にも答えてくれるだろうって期待すると指摘した。アニーは「先生は私には答えることなんか期待していない─3、4人の人たちがいつでも答えるのよ」とつけ加えた。さらに彼女は、「先生たちは質問するんだけど、他の子が答えるチャンスをもてないうちに、彼らが質問の答えを言っちゃう」と言った。(pp. 145-146)

 近年の認知心理学でよく取り上げられるランパート(ランパート, 1995)の研究では、研究者の複数の「役割」が明確に論じられています。その研究では、研究者のランパート自身が小学校のクラスで教師として授業を行いました。社会的肩書きとしては、「大学の研究者」と「小学校教師」を両方もって実践研究を行っていました。さらに、彼女はクラスの中では「数学文化の代弁者」、「数学のエキスパート」、「クラスの議論への参画者」の役割を演じ、同時に生徒たちに数学エキスパートの下の「見習い者」としての役割を演じさせて授業を構成していきました。

(3)社会的タイプ
 必ずしも特定の組織内に限定されない広く世間にみられる役割もあります。例えば、「うそつき」、「お人好し」、「いじめっ子」、「よい子」、「変わり者」、「大物」など、私たちが日常的によく使うレッテルが含まれます。

(4)社会心理学的タイプ
 パーソナリティの研究でよく使われる「積極型」、「消極型」、「攻撃型」、「寛容型」等を役割記述に利用する場合もあります。

(5)役割に関する戦略(tactics)
 役割とは固定的に存在しているものではなく、社会の中で創造され、変容したり維持され、消滅の危機から再生したりする動的な存在です。例えば、「よい子」という役割を子どもが家庭の中で維持するために、自分の考えをすぐ取り下げて親の言う通りにしたり、親にしかられそうなことを隠す振る舞いなどは、よく知られていることでしょう。単に役割そのものを記述するだけでなく、役割を構成している動的な側面を研究することも大切でしょう。

5 関係

 「入門編」ステップ5 Bogdan & Biklenのコード(9)人間関係および社会的構造で論じたことに相当します。複数の個人または集団がお互いの間に何らかの結びつきを見ながら交流をつづけているとき、それらの間に社会的関係が成立しているといいます。結びつきの仕方にはいろいろな要素が関与してきます:権力の強弱、友好・敵対意識、お互いへの関心度、依存度、信頼度、等々。例えば、教師と生徒の間に築かれる関係には、権力関係や信頼関係が基本的な前提にあることはよくいわれていることです。
 前述の「役割」の場合と同じく、社会的関係もまた、社会の中で創造され、変容したり維持され、消滅の危機から再生したりする動的な存在です。社会的関係のそのような変遷をとらえることも大切でしょう。

6 グループ、集団(groups)

 ここでのグループとは、ある程度の月日にわたって交流しつづけている集団で、ひとまとまりのものとしての何らかの連帯意識(「私たち」「みんな」「俺達」などの一人称複数の言い方に現れます)をもつものを指します。家族、サークル、職場の同僚などは典型的なグループです。

(1)階層構造 (hierarchy)
 グループの構成員たちの間には、権力や影響力などの違いにより、階層構造が作られていることがよくあります。大抵のグループには、活動の中心となる「リーダー」格の人物がいて、そのまわりにリーダーの「補佐役」とか「まとめ役」のようなメンバーが何人かいたりして、最後に特別の地位のない「ただのメンバー」がいるのが普通でしょう。

(2)派閥、徒党(cliques)
 派閥や徒党は、さまざまな利害関係をもとにかなり強力な結びつきを作っている集団としてよく知られているものです。日本では、政党内の「派閥」が話題になりますので、よくわかると思います。

(3)適応的意味(adaptive significance)
 グループは、彼らがおかれている状況に対処するための独特の仕組みを備えた存在になっていることが知られています。例えば、日本の職場では同僚の間で「飲みにいく」ことが伝統的になっていますが、これは仕事や人間関係からくるストレスを和らげてお互いが生き残るための手段のうちの一つと考えられるでしょう。また、家族なら、例えば、毎日食卓を囲んでさまざまな話を交換することなどは、家族の間の人間関係、親の職場の問題、子どもの教育問題、家族の健康や介護の問題等々を乗り切っていくときに重要な役割を演じるものの一つでしょう。

7 組織(organizations)

 組織とは、正式な目的が明示されており、系統だった仕方でそれを追究するために意図的に作られた人々の集まりを指します。会社、学校、病院、学会、政党、宗教団体、秘密結社などの団体は典型的なものです。成立の背景、構成員の集め方や管理の仕方、目的追求の方略、発展や衰退の要因などが分析の大きな焦点となります。
 数学教育の分野での組織研究としては、例えば、数学教育現代化(New Math)の時期に結成された米国の数学教育研究団体School Mathematics Study Group (SMSG)についての部分的な研究があります。日本では,多くの都道府県に,現職教員による研究・研修の組織があり,定期的に授業研究会を開催したりしています。これらの組織が日本の算数・数学の授業のあり方を重要な形で支えています。

8 地域社会(settlements)

 地域社会というのは、地理的に近接していてひとまとまりの共同社会をかたちづくっている場で、前出の遭遇、役割、集団、組織が複雑に絡み合った世界をなしています。大都会のような大きな規模ものから、村落、町、団地、商店街など小さなものまでさまざまなものがあります。

9 社会的世界(social worlds)

 交通手段も発達し、コミュニケーションの手段も高度化した今日の社会では、活動場所の物理的な近さや面識関係は必ずしも集団や社会を構成する上では必要な要件になくなってきています。そのような伝統的な社会的単位を部分的に含みながらも、どれにも分類できないようなものとして、芸能界、金融業界、旅行業界などの、いわゆる「業界」や、今日盛んになっているインターネット上のヴァーチャル・コミュニティなどが考えられるでしょう。

10 ライフスタイル(lifestyles)あるいは下位文化

 これは、ある社会的・文化的状況において生み出される生活の全体的パターンを指します。前出の社会的単位のいづれにも帰着しきれない独特の生活パターンを作り上げているものを指します。価値観や生き方の多様化した今日では、数多くのライフスタイルを挙げることができます。社会調査などでは、人々の生活全般における特定の「志向」の強さで表現されたりします:物質志向、脱物質志向、権威主義志向、自由主義志向、個性化志向、ブランド志向、自然回帰志向、等々。



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