ステップ5 データの分析を行う


 データ収集が進むにつれて、研究日誌や観察ノート、オーディオテープやビデオテープ、資料が増加していき、研究が進んでいるという充実感を感じることがあるでしょう。それに比べ、これらデータの山から焦点化された結果を導きだす作業では、「こんなにデータを集めて何カ月もデータ整理をして、自明な結論しか出てこなかったら、どうしよう」と不安やストレスを感じることが多いものです。データ収集中から、データ分析を少しづつ進め、成果への見通しがつくようにしておくことが大切です。データ収集の途中で行う分析作業には、以下のように、大きく分けて、研究課題に関するものと研究方法に関するものがあります:

1 研究課題について
  研究の焦点をどこに絞るかを検討する
  研究課題を明確化していく
  研究課題に関連する問題や仮説を様々に立ててみる
  自分の立てた仮説を随時フィールドでチェックする
2 研究方法について
  データ収集計画を随時見直す
  観察ノートや研究日誌に、研究課題についての考えを書き留めていく
  研究のモデルを明確化する
  関連する文献を読む

 質的研究の進め方は、質的アプローチの実験研究と違って、予めきちんと仮説や理論を定式化しておいてそれをデータで検証するという「仮説検証型」を通常はとりません。むしろ、研究を進めていく中で仮説や理論を生み出していくというもので、「仮説・理論生成型」とでも呼べるでしょう。したがって、フィールドに入ってデータを収集しながら、研究課題に関わって様々に自分なりの仮説や理論を思いめぐらしていきます。例えば、私は、ある中学校で授業の観察を始める前には、「中学校2年生の図形の論証の学習に困難を感じる生徒が多いといわれているが、一体どのような指導がされているのだろうか」という漠然とした研究課題しかもっていませんでした。一旦、授業を見始めると、「証明」という考え方を理解すること、特定の証明のアイデアを理解すること、証明を話して説明すること、証明を書くこと等々、論証に関わっていろいろな営みがあることに気が付きました。すると、これらがいづれも同じ重要性をもつのだろうか、お互いがどのような関係にあるのだろうか、何がキーになるんだろうか、と考えをめぐらし続けました。そこで、例えば、あるときは、「証明を書くことは、証明を口頭で行うことと同じではない」と暫定的に仮説を立てて、証明の書き方の特徴やその指導の局面に焦点をおいて観察やインタビューを進めてみたりしました。すると、例えば、「口頭では証明がうまくできていても、書くことがスムーズにできない」場面のデータを注意深く見ていくことになるでしょう。その結果、証明の書き方の特徴についてさまざまな仮説を立てることができるでしょう。こうして、仮説・理論の生成(または修正)と関連するデータの検討とが交互に繰り返されていくのです。
 このようにして研究の焦点を研究課題に照らし合わせながら絞っていき、データ収集をそれを中心に進めていくことが大切です。これを怠ると、量は多くても散漫で表面的なデータばかりになり、研究課題への理解が深まらないままに終わる危険があります。
 このとき、データ収集の方法も、生成された仮説や理論を検討しやすいように工夫します。例えば、前出の「口頭では証明がうまくできていても、書くことがスムーズにできない」場面を調べるために、そういう場面を示した生徒をインタビューするのもよいでしょう。また、そのときに、証明問題を課して取り組んでもらい、どういうところが難しいか話してもらうのも役立つでしょう。どの生徒を選ぶか、どういう証明問題を選ぶか、どういうふうに質問したらよいか等々について、それまで得ている観察データやフィールドの人々ないしフィールドをよく知っている人々の意見などをもとに研究者は意思決定をしなければなりません。
 したがって,観察にしてもインタビューにしても,それまでに得られたデータの暫定的な分析に基づいて,次の観察やインタビューの仕方を変更していく必要があります.量的研究では,たとえば,アンケートの質問項目はすべての被験者に対して同一でなければならない,という制約があります.どの被験者にも同じ条件でデータを集めることによって,一般性を保障しようとしているからです.しかし,質的研究では,一般性の保証よりも,現象への深い理解を追及します.それゆえに,現象理解を深めるのに役立つと考えられるなら,インタビューの内容を変えても構わないのです:

 

 

 

 

 

 

 


 仮説や理論がフィールドで生成された経緯やデータ収集の方法に関する意思決定の過程については、フィールドノーツに必ず書き留めていきます。たとえば,観察やインタビューの仕方をどういう理由でどのように変更したのか,その検討の過程を書き留めておきます.仮説や理論をデータに適合したものへと洗練していくためや、意思決定をデータに基づいて注意深く進めるために、書き留める作業は不可欠です。さらに,書き留めることは、研究の焦点を明確化するのに役立ちます。
 研究の初心者は、フィールドではデータ収集だけで精いっぱいで、以上のような分析をする余裕はあまりないかもしれません。研究の仕方を身につける最もよい方法の一つは、他のすぐれた研究をモデルとして利用することです。研究がどういう過程で進められ、最終的にどういう成果が得られそうなのかの見通しを、そのモデルをもとに予想していくとよいでしょう。関連する文献の中から自分の研究のモデルになりそうなものを探しておくとよいでしょう。

データ収集後の分析

1. コードとカテゴリー

 データの収集中に、研究で追究したい課題を具体的で明確な形にしておきます。データの分析は、その研究課題に応える形で進めていきます。質的研究において設定される研究課題では、教育現象の当事者たちが作り上げている世界の理解を基本としており、当事者たちが置かれている状況や脈絡、当事者がもつ見方・考え方・感じ方、当事者たちの行為の意味やその機能、を理解することが中心的な部分となります。したがって、データ分析では、それらを捉えるためのヒントや手がかりとなるものをデータから抽出して分類する作業をします。
 では、当事者たちが作り上げている世界を理解するためのヒントや手がかりとなるものには一体どういうものがあるでしょうか?これは、私たちが見知らぬ土地に引っ越したときや海外にしばらく滞在したときに、その土地の人々の生活の様子を理解しようとするときに自然と目をつけるものと同じです: 当事者たちの生活の中に、繰り返し現れて際立つコトバ、話題、行動パタン、出来事などです。
 それら繰り返し現れるものものに気がついたら、それらをうまく言い表す名称や文句をそれらにつけます。これら名称や文句は、コード(code、符号)とよばれます。データの分析は、データを丹念に読んでコードを考案し、コードをデータにふっていく作業から始まります。同じデータに複数のコードをふっても構いません。コードをふることによって、データが分類(カテゴリー分け)されて整理されていき、データ全体を研究者の視野内におさめることが可能になります。
 ここでデータの分類の際に作られるグループは,何らかの概念的まとまりがあるものにします.概念的に無意味なグループを作っても現象の理解に役立たないからです.コードはグループの目印,名称,ラベルであり,グループを作るときにもとにした概念的なまとまりが,「カテゴリー」(または,概念と呼ぶ場合もあります.)とよばれるものです.この「カテゴリー」は,当事者の営みに関するデータから生成されてくるので,当事者が理解の枠組みを反映していると期待されています.

2.分析作業における暫定的コード化

 ここまでの説明を読むと,フィールドに滞在していれば,「繰り返し現れる」現象が自動的に見えてきて,それらのまとまりを表すカテゴリーも自然に把握でき,コードは単にそれらカテゴリーに名前を付ける作業でしかないように思えるかもしれません.ところが,実際は,「繰り返し現れる」現象を,明確に見えるようにするには,多くの場合,かなりの意識的な努力が必要となります.「カテゴリー」を定式化するには,さらなる努力が必要となります.そもそも,「繰り返し現れる」ということを確認するためには,まず,その現象を明確に定式化してそのラベル(コード)を定め,データの中から,そのコードの生起する頻度を調べる必要があります.他方,ある現象を明確に定式化してコードを定めるのには,その現象に何度も出くわして特徴をつかむ経験が必要と考えられます.すなわち,「繰り返し現れる」現象を指摘することと,コードを定める営みとは,相互に依存しているのです.
 「コードをふる作業」というのは,実際は,「繰り返し現れる」現象を推測して,その推測のもとでの暫定的にコードをふってみる作業から出発します.文書化されたデータを,一行一行じっくりと読みながら,そのデータの断片が,当事者の世界のどういうカテゴリーを指し示しているのだろうかと思案します.そして,何か当事者の世界を理解していくのに役立ちそうだと判断したら,暫定的なコードをふってみます(オープン・コーディングと読んだりします).このとき,分析者は,「当事者から見るとどう見えるか」という当事者の視点を意識しながら作業します.データの断片ごとにみていくのは,あまり大きな単位でデータをみると,見方が大雑把になって,分析者が自分の思い込みや偏見にとらわれた断定をしてしまうのを避けるためのテクニックでもあります.われわれの日常生活でも,誰かからなにか細々とした説明をうけたりすると,「要するに・・・だろ!」とひとくくりに断定して理解してしまったりする傾向があります.テレビや映画の推理物をみながら,「たいてい犯人は一番怪しくないやつさ」と言ったりする場合も同じく,証拠や証言を丹念にチェックせずに単なる思い込みによる断定をしているわけです.こういう断定は,往々にして自分の都合のよいような解釈にとらわれています.コード化とは,そのような分析者自身の思い込みをいったん留保して,一歩一歩当事者の世界へと歩みをすすめるための地道な過程なのです.私自身,質的研究を始めた当初,コード化をそれほど重視せずに分析を試みた時期がありました.そのときに,自分がすでにもっていた理解を単にデータに当てはめているだけだというのを強く感じていました.何も新しい知見がでてこない作業に不安を感じたとき,質的研究法の書物を読み直して,もう一度基本にもどって,データを一行一行丹念によみながらコード化を本格的にやってみました.すると,いままで見過ごしていた現実のプロセスがいろいろ見えてきて,コード化の重要性をさとり,分析の面白さを知ったことがありました.テレビでよく放映されるスポーツ・ドキュメントを想像してみてください.金メダリストやプロ選手の動きをスローモーションで再生しながら,一瞬の中にいかにさまざまな高度なテクニックと熱いドラマが凝縮されているかの解説を聞いたとき,単なる「すごい」「きれい」というような感想を越えて,目からうろこが落ちるのを感じるでしょう.コード化の作業は,いわば,当事者の世界を「スローモーション」で再生しながら一瞬一瞬の意味を理解しようとする試みにたとえられるかもしれません.そうして,「目からうろこ」の理解を得ようとしているのです.
 はじめは,それこそ,思いつきで,どんどんとふっていきます.その作業を続けていって,徐々に,暫定的にふったコードを見直しては,より適切なコードを考案していき,当事者の世界をよりよく反映したカテゴリーとコードの体系に近づいていくのです.その過程で,「繰り返し現れる」現象やカテゴリーが明確な形をとっていくのです.
 データを「一行一行じっくりと読む」というと,すべてのデータの断片に何らかのコードをふらなければならないのではないか,という強迫観念にとらわれるかもしれませんが,その必要はありません.第一に,フィールドノーツや,テープのトランスクリプトは膨大ですので,その断片ひとつひとつにコードをふるのは,現実的ではありません.また,研究課題を深めるために,分析を行なっているのであり,研究課題の理解に関連がないと思われるデータは,コードをふる必要はありません.もちろん,当初関連がないと思われたデータがあとで関連しているが判明するようなこともあるでしょう.そのときは,コードを追加して再分析すればよいのです.コードをふるかふらないか,という判断も暫定的なのです.

 暫定コード名は、分析の初めでは、できるだけ当事者が使用する言い回しを利用するとよいでしょう。当事者の見方・考え方は特定のコトバ使いに反映されることが多く、それらをコード名に利用すると、当事者の世界に根ざした理解がしやすくなります。研究者はフィールドに入る前にいろいろな論文や本を読んで理論研究をしますが、それで得た理論的用語をいきなりコード名に使うことは避けるべきです。というのは、それはフィールドに入る前に持っていた枠組みに無理矢理にデータを当てはめる危険があり、フィールドワークが予め用意していた理論の単なる確認作業になってしまいます。立てた理論を確認するための研究というのも,もちろん,重要ですが,フィールドワークの醍醐味は,定説や先入観を改めるような知見をもたらすところにあります.理論的用語は,ある程度分析が進んだ段階で,その適切さを判断しながら慎重に利用したほうがよいでしょう.また、いわゆる「客観性」、「中立性」、「論理性」に固執してコードを考案するのも避けるべきです。量的研究では,しばしば「発問」「指名」「回答」「フィードバック」「発表」,というような単純に行為を客観的に記述するだけのコードをあらかじめ用意してデータに機械的にコードをふって,コードの出現頻度を調べたりしますが,それは質的研究のためのコードのふり方とは違います.そのようなコードをいくら作っても、当事者たちの作り上げている意味への理解が深まるかどうかは疑問だからです。

 暫定コードをふる作業は,地道な作業で,時間がかかります.それゆえ,ときに,コードをふる作業を省略しすぎたり,表面的な理解だけでコードをふったりして満足する誘惑にかられます.たとえば,授業の最初の頃に,教師が「それで,えー,何するか.で,教科書はちょっとまだ閉じといてください」という発話をしたとしましょう.このデータの部分を読んで,「ああ,教科書使わないんだな」とだけ理解して,コードをふらずに先に読み進んでしまう場合もあるでしょう.こういう何気ない授業中の発話でも,一歩立ち止まってみて,それがなんらかの興味深い意味をもっていないか,いろいろな側面を思い巡らしてみると,授業過程をより深く理解する手がかりをあたえるものとしてコードをふる必要性がでてくる場合があります:なんで,教科書使わないのだろう?自分の教科書なのになぜ開けていけないのだろう?もし教科書を開けてしまうとどんな展開がうまれるのだろう?生徒はこのとき何を教師に期待するだろう?教科書って何のためにあるのかな・・・というように考えをめぐらしてみると,「それで,えー,何するか.で,教科書はちょっとまだ閉じといてください」という発話は,とたんに興味深いデータに見えてきて,たとえば,「教科書を閉じる」あるいは少し一般的な「教科書の役割」等のコード名を作ってふったりできるでしょう.

3.コードの種類


 コードの考案は、データ分析の基礎になる作業です。どのようなコードを作成したらよいかという問題は、研究課題や理論的枠組みによってさまざまです。よく利用されるコードの種類として Bogdan & Biklen(1992)が挙げているものを、参考までに説明します。各論のコード化のサンプルもさんこうにしてください.

(1) 設定・背景
 研究対象とする場所や人々についてのもっとも一般的な情報に関するコードです。ある地域の小学校Aの授業を研究している場合なら、まず、 A小学校についてのさまざまな資料を集めることがあるでしょう:学校要覧、学校通信、地域新聞に載ったその学校に関する記事など。また、A小学校について町の人々やPTAの人々の声を聞くこともあるでしょう。そして、 A小学校の校長や教諭から自分たちの学校についての話しを聞くこともあるでしょう。そのようなデータにはA小学校を取り巻くさまざまな背景にかかわるものがみられるでしょう.そこから,例えば、「塾通い」「大規模校」,「新興住宅地」というようなコードなどが重要になるかもしれません。

(2) 状況規定
 研究対象とする人々が自分たちの置かれている状況をどう捉えているかに関するコードです。例えば、中学校での数学の授業の研究において、生徒Bが「数学は得意じゃない。社会の方が好きだ」という内容の発言をしている面接データがあるとします。これは、生徒Bの数学の勉強に対する態度を示すと考えられます。このデータには、「数学の勉強」というコード名をつけることが可能です。

(3) 参加者が共有している規範や経験則
 これは、研究対象とする人々自身が生活の中で共有している規範(きまりごと)や経験則を表すコードです。例えば、私がフィールドワークを行った中学校2年数学の図形の論証の授業の中では、「理由」を書くことが重要なきまりとして位置づけられていました。私は、データ分析の始めの頃、そのきまりに「なんでか」というコード名を与えたことがあります。このコードをふられたデータが以下のものです:

T(教師):「結局みんなこれ[OD=OB]が言いたいんや。これが言いたいん。これを言いたい。けど、ただいきなりさ、まあODでもDOでもいいけどさ、ODイコールOBっていきなり書けんよ。」
片山:「なんで?」
T:「なんでかって聞かれたときにどう言う?書いてないよここに。」
片山:「書かにゃいけんの?」
T:「その説明が要ります。」

(4) 他の人々や事物について参加者が抱く見方
 これは、研究対象としている人々がお互いや外部の人々あるいはその場にある事物に対して抱く見方・考え方を示すコードです。例えば、生徒たちについて教師にインタビューすると、たいてい教師は、個々の生徒たちを「できる子」「できない子」「目立つ子」「静かな子」等に分けるものです。これらのインタビュー・データには「教師による生徒の見方」というコード名をつけることができます。教師によるこれらの分類は、例えば、教師が生徒を授業中に指名したり、グループ活動を組織したりするときに使われたりする重要なものです。中学校の授業観察をしたとき、インタビューで教師がクラスの生徒についてコメントした部分の記録をみてみましょう:

T:「B組は、結構面白い子がいるんですよ。[隣にいる別のクラスの生徒:「うん、あそこはなんかそろってるよね。」]片山、て子いるでしょ。彼がいまがんばってくれてるので、うまくいってます。あの子が活きるかどうかで、かなり違うんですよ。影響力が大きいですからね。」

このデータは、教師が片山という生徒をクラスの活気を左右するキーとなる存在として見ていることを示しており、「教師による生徒の見方」というコード名をふってよいでしょう。
 また、私が研究した中学校2年の図形の論証の授業の中では、教師も生徒たちも数学の問題を「証明」と「角度や長さ」の2つに分類しておりました。テストが近づくとテストでは角度や長さがどれくらいあるのか、証明があるのかどうかが授業中に話題になりました。こういう場面のデータは、「数学の問題」というコード名をふるとよいでしょう。

(5) プロセス(過程)
 これは、研究対象としている人々の世界で生ずる出来事の時間的推移や変化の様子を捉えるコードです。例えば、私がしばしば参観した数学の授業は、「宿題の解答」−「復習」−「教師による今日の課題の提示」−「個別またはグループでの課題解決」−「全体での話し合い」−「まとめ」−「宿題」という流れでパタン化しています。この授業の「流れ」を構成する7つは、授業過程を理解するためのコードといえるでしょう。米国の数学の授業は必ずしもこういうパターンでは進められないことが知られており、上記の7つのコードは、授業の比較文化的研究をするときには役立つかもしれません。

(6) 活動
 これは、研究対象としている人々の世界で繰り返される行動を指すコードです。学校やクラスの「行事」のような形式張ったものから、 授業中の「答え合わせ」、「周りとの話し合い」、「発表」、「机間指導」など形式張らない行動を指すコードまで含まれます。次のデータは、中学校の授業で生徒が黒板で解答を説明するところの記述で、「発表」というコードをふることができるでしょう:

武田が黒板へ行く。Tは、教室の後ろで立ってみている。
武田:「えーと、70度と対頂角が、対頂角で等しいのでここが70度。[S:「先生違うぜ。」、Ss笑い。]うるせえ、おまえは。ここの80度と、ここの対頂角が等しいので、ここが80度で、[T:「福井、聞いちょけよ。」]で、ここがここで180から70プラス80をひいてxが、えーと、30度, 30度。終わり。」
 

(7) 出来事
 これは、研究対象としている人々の世界で頻繁には起こらないけれど重要な意味をもつ活動を指すコードです。私が米国の高校の数学のクラスを観察していたとき、正解のない問題を教師がテストに出してしまって、テストの採点法についてクラスで議論になったことがありました。この出来事は、例えば、「教師の間違い」というコードをふることができるでしょう。教師の間違いは頻繁に起こることではないけれども、数学やテストにおける「間違い」についての教師や生徒の見方を形作ったり、教師と生徒の間の力関係を左右しかねない貴重な「事件」でありました。

(8) ストラテジー
 方略(ストラテジー)は、人々が何らかの事柄を成し遂げるために意識的に行使する様々な手段、方策、テクニック、作戦などを指します。教室では、教師は、生徒が教師の話を聞くようにするため、生徒に考えさせるため、生徒が宿題をやってくるようにするため等々、生徒に対して様々なストラテジーを使います。生徒もまた、教師から問題の解答のヒントを得るために、試験でよい評価を得るために、教師に誤答を見つけられないようにするために、教師の注意をそらすため等々、様々なストラテジーを使います。
 私が中学校2年の「不等式」の授業を観察したときのフィールドノーツから、「穴埋め形式」とでもコード付けられるストラテジーの例を挙げましょう。教師は「不等式の利用」というタイトルのプリントを配りました。最初にある例題は、「2000円持って、マケドナルドに行き、1個250円のハンバーガーを何個かと、200円のポテトを1個食べたい。しかし、その後、マンガを買いたいので350円以上残したい。ハンバーガーを何個まで食べることができるか」というものでした。教師は、この問題を不等式を利用して解くようにと説明しました。プリントには、穴埋め形式ですでに解答が書かれていました。

Tはすでに「虫食い」を作ってあるといい、Ssに空欄を埋めて書いてみるようにいう。
[板書]解
     ________________をx個食べるとすると
    2000 - (______+ 200) ___ 350
T:「最初の3行だけ一緒にやります。そうすると一緒にやれる。」
T,残したいお金(右辺)と残るお金(左辺)とでどっちが大きいか聞く。
T:「残るお金が500円だったら?」
Ss:「いい。」
T:「残るお金が200円だったら?」
Ss:「ダメ。」
T,そこで不等号を≧にする。

 この穴埋め形式の利用は、生徒を解答に参加させかつ生徒の解答の仕方を一定のものにするための教師のストラテジーとみなすことができます。というのは、まず、空欄という形で生徒が作業する場が設けられており、生徒は空欄を埋めなくてはなりません。しかし、空欄は、たいてい、短い単語かきまり文句を埋めるようにできており、また、前後の文脈が提供されているため、生徒の解答の自由度はきわめて限定されています。実際、空欄の答えはほぼ唯一になるように作られていて、教師は生徒の反応を評価しやすくなっています。穴埋め形式の利用は、生徒の参加の仕方をコントロールするための伝統的で巧妙な手段といってよいでしょう。

(9)人間関係および社会的構造
 このコードは、人々の間に形成されている「仲間」、「友達」、「敵」、「師弟」等々の関係、およびそれら全体が形作る社会的構造を指すものです。次のデータは、中学校のクラスで、ある生徒が授業中に特定のある生徒を頻繁に助けている関係を記述しているものであり、「師弟関係」とでもコード付けできるかもしれません:

松田が長沢と話している。
[松田のノート]
仮定より AP=CR . . . (1)
     AS=AD-SD
     CQ=CB-QB
     AS=CQ . . . (2)

OC 長沢とほぼ同じ。長沢の助けで書いているようだ。

長沢:「角PASイコール・・・平行四辺形・・・」
松田:「向かいあう角が等しい・・・」

(10)方法
 フィールドノーツの中には、研究を進める中での行動計画の立案や修正、直面した問題、経験した困惑なども記録されます。研究の進め方に関するこれらの記述は、「方法」というコード名をふっておくとよいでしょう。次のデータは、中学校で昼休みに2人の生徒に数学の証明問題に取り組ませながら行ったインタビューについての反省を記述したものである:

インタビューについて
2人だけでできるだけ取り組ませようとした。しかし、5分以上進展がなかったので私の介入が始まった。まず、よさそうなところから書き留めさせた。書き留めることで次のことへ注意を集中させやすかった。2つの三角形の角度の等しいことを示すところが最も難しいところと考えられる。やはり、そこで行き詰まってしまったので、かなり具体的なヒントを私から出した。
 このように進行をうかがいながら少しずつ助けていくのが本来のscaffolding(足場設定)であると感じる。穴埋めは、一斉指導の場で限られた時間内ですすめるときの簡便法にみえてきた。
 証明を終えるだけで30分以上かかってしまった。問題は授業で扱ったものと内容が同じであったが、穴埋めでないだけ難しかったのか。証明についての考えを聞こうとしたが、生徒は弁当を食べるのに忙しかったこともあってか何も答えてくれなかった。もう一度別の生徒で、この次はもう少し積極的な生徒で試してみたい。
 弁当を後回しにして問題を考えさせたのは、気の毒にみえた。

データ分析の手順

 データ分析の具体的手順は、研究の規模や研究のスタイルによってさまざまです。ここでは、一人の研究者が数カ月程度で行う比較的小さな規模の研究の場合に役立つ手順を説明します。

1 フィールドノーツの整理


 研究日誌、観察ノート、インタビューやビデオテープのトランスクリプト等を、分類や検索が円滑にすすむように整理します。例えば、日付順に整理し、ページ番号をふり、バインダーに綴じ、バインダーにタイトルをつけるという作業です。それと同時に、オーディオテープやビデオテープは、全て記録した日付や場所を書いたラベルを見やすいところに貼り、順序よく棚や箱に並べたりします。生徒のプリントやテストのコピーのような文書も、氏名のアイウエオ順に並べて、ファイルボックスなどに保管します。
 私の場合は、フィールドノーツをパソコンに打ち込んでいます。ファイル名を「10/24-26/97」というように、日付でつけなおし、ファイル名と同じヘッダを各ファイルにつけます(1ファイルは10ページ前後になるように調整してます)。さらに、行番号を自動的につけるワープロソフト(例えば、Microsoft Word)によって、各ページに、上から順に行番号を自動でふります。ヘッダや行番号をつけておくと、後で検索するときに便利だからです。
 Microsoft Wordを使用する時は,アウトライン機能を活用することを考えてみてください。アウトライン機能を利用するとテキストに見出しをつけて管理することができます。アウトライン機能は,Microsoft Wordに初めから登録されているスタイル名「見出し」を利用しています。見出しスタイルは,「見出し1」「見出し2」・・・という順で,大きい見出し用から小さい見出し用まで用意されています。表示をアウトラインモードにして操作すると,テキストをどの見出しにするか自由に選択することができます。操作の仕方はMicrosoft Wordのマニュアルを参照してください。
 特に,フィールドノーツ内にある日付部分の見出し,例えば「2002年11月4日」,は「見出し1」スタイルを使うようにすると便利です。Microsoft Wordでスクロールするときに,よく右側の垂直スクロールバーをマウスで操作すると思います。垂直スクロールバーをマウスでプレスしたときに,スクロールしている場所のページ番号とそのページが属しているテキストの「見出し1」が表示されるのです。日付を見出し1にしておくと,どの日付のテキストをスクロールしているかまで,それでわかるので,あとで何月何日のデータが欲しい,というときにすぐに見つけられるからです。
 最後に、分析作業用の十分な余白を右側につけてプリントアウトし、2穴バインダーに日付順に綴じていきます。

2 フィールドノーツの通読とコード化


 静かでゆとりのとれるときに、フィールドノーツを一文一文通読していきます。読みながら、コードに使えそうなコトバを考えてメモをとっていきます。そうして得られたコードのリストを作成します。そして、そのリストを検討します:
(1)コードとデータの間の関係:それぞれのコードは、どういうカテゴリーのデータを指しているのか。質的に異なるデータが混在していてカテゴリーが複合的で取り扱いにくい場合は、カテゴリーを分割してサブカテゴリーを設け、もとのカテゴリーに対応するコードも細分化する必要があるかもしれません。
(2)コード間の関係:それぞれのコードの指すカテゴリー同士にどういう関係があるのか。いくつかのカテゴリーをグループ化して、上位のカテゴリーおよびそれに対応するコードを考案する必要があるかもしれません。
この検討を通して、組織立ったコード群(コーディングシステム)を作ります。そして、フィールドノーツを一文一文丹念に読み返しながら、データにコードを暫定的にふっていきます。その途中で、必要が応じてコーディングシステムを修正していきます。分析作業は、このようにフィールドノーツとコーディングシステムとの絶えざる往復をしていくことになります。

 フィールドノーツをMicrosoft Wordで入力してある場合は,コードを上述のアウトライン機能を利用して,「見出し」としてコードをテキストに振ることができます。ただし,適当に「見出し」のスタイルを変更して表示を見やすくする必要があるでしょう。また,目次作成機能を利用して,後で見出しの目次を作成することもできます。これに慣れると,プリントアウトしなくても,パソコンファイル上だけで分析することも可能です。

3 全体像の再構成:パターン、構造、説明モデル、理論、文化的テーマ
 データをカテゴリーに分類・整理していき、カテゴリー同士の関係を検討していく中で、焦点を当てていた教育現象がそれらカテゴリーからどのように構成されているかを考えていきます。これは、現象を切り刻むコーディングの過程とは、いわば反対の過程であり、現象の再構成へと向かうものです。それにより、当該の現象が全体としてどのように生成・維持・変容されているのかを描き出します。そのとき、現象を支配する全体的パターンや構造をつかまえたり、現象を説明する理論やモデルを構築したりしていきます。
 また、文化人類学の伝統を踏まえて、特に当事者たちの構成する世界を一つの「文化」として理解する立場に依拠する場合は、当事者にとっての個々の意味を理解することを越えて、個々の意味を関連づけている中心的考え方(文化的テーマ)を追求します。文化的テーマとは、音楽で例えれば、曲の主題にあたるものです。交響曲の一つの楽章でも、ジャズの一つの曲でも、必ずそれ全体を支配するいくつかの曲想があり、様々なバリエーションを伴いながら繰り返し曲の中に現れ、その曲を意味づけます。文化研究でのデータ分析では、テーマとは当事者の世界に様々な形をとりながらも繰り返し現れ、当事者の世界の意味付けを支配する中心的考え方を指します。ただし、テーマは、一つである必要はありません。普通は、いくつものテーマが存在し、状況に応じて互いに関連しあうものです。昔の文化人類学では、ある一つの包括的テーマで特定の文化全体を説明する試みがありましたが、これはあまり現実的でないだけでなく、分析が一面的になる危険性があります。
 全体像をカテゴリーから再構成する筋書きや、文化的テーマを見いだしていく作業は、かなり想像力や創造力を必要とするところです。1000ピースのジグソーパズルを組み立てていくようなもので、単にデータやカテゴリーを眺めていれば自動的に浮かび上がってくるものではありません。関連する研究や理論の文献を丹念に読み、自分の中に豊かなアイデア(概念的道具)を日頃から貯えておくことが大切です。そして、データ収集中にさまざまな仮説や理論を生成してフィールドノーツに書き留めておくと、それらを発展させるだけで比較的自然にテーマが現れ出てくるものです。また、特定のアイデアだけに固執しないで、データに応じて柔軟にアイデアを選んだり変更したりする姿勢が必要です。

 これらデータ分析の過程を助けるために、さまざまな「発想法」が提案されています。古典的なものをまず紹介します。これは、文化人類学者川喜田二郎の「KJ法」に類似したものです。

(1)コーディングされたフィールドノーツのコピーを作ります。フィールドノーツの原本は手を加えないで保存しておきます。
(2)コピーの方をはさみで切って、一つの断片には一つのコードが付いたデータがあるようにします。このとき、それぞれの断片には、フィールドノーツの日付やページ番号を書き込み、フィールドノーツのどこにあったかがわかるようにします。
(3)同じコードの付いた断片を一カ所にまとめます。そうすると、断片の山がいくつもできます。
(4)山ごとに断片を集中的に読んでいき、文化的テーマや全体的パターンを探っていきます。広い部屋の床に、断片をグループ化して並べて広げ、上から眺めながら、断片と断片の間の関連を発想したりします。

 このやり方の難点の一つは、はさみで切ったり、断片に日付やページ番号を書き込んだりという機械的作業が膨大になりうることです。また、一つのデータに複数のコードがふられているところでは、コピーを何部も作っておかなければなりません。ただ、コンピュータにフィールドノーツが打ち込まれている場合は、データベースソフトをうまく工夫すると、パソコン上で上記の作業を行うことが可能で、労力を軽減することができるかもしれません。実際、海外では質的研究用のソフトウェアも開発されています。
 私自身は、もう少し簡略な方法を使っています。というのは、上記のようなやり方を昔何度か試みたことがありますが、これは、データを物理的に切り刻んでしまうため、データの前後の文脈がわからなくなりがちなのです。データの断片を眺めても、文脈がわからないと意味不明のものもかなり出てきます。だからといって断片に文脈情報を書き込もうとすると、作業はさらに膨大になってしまいます。結局、フィールドノーツの原本を開いて、断片の箇所を探し出してその前後を読む過程が必要になってきます。これでは、せっかく作った断片がフィールドノーツの索引代わりにしかならないことになります。

 私のやり方はこうです:

(1)フィールドノーツ(またはそのコピー)は全てA4版に統一して2穴バインダーに綴じて、右側の余白にコーディングしておきます。コードは、右隅より1センチ以上内側に書くようにします。
(2)小さい付箋(POST-IT)を用意します。いろいろな色のものを用意するのもよいでしょう。
(3)各コードごとに、フィールドノーツのどの位置に付箋を貼るかを決めます。ページの右上から右下へと位置決めしていきます。それで足りないときは、ページの上部を右から左へと使っていきます。コードの数が多いときは、いくつかの関連するコードが同一の位置を共有するようにします。
(4)付箋を実際にフィールドノーツに貼っていきます。
(5)同じコードが付いているデータを付箋を頼りにして探し、データを時間をかけて丹念に読んでテーマを探っていきます。特に、重要なデータは、付箋に書き込みをして、目立つようにしたり、色の目立つ付箋を使ってもよいでしょう。いくつかのコードをまとめたいときには、付箋を貼り直すのもよいでしょう。

 このやり方は、フィールドノーツにある形でデータを読んでいくため、データの置かれた文脈を見失うことはありません。しかも、付箋を貼る作業は、はさみで切り刻む作業よりはるかに楽な上、貼り直しができるため、やり直しもできます。断片と違ってデータを並べて一望することはできませんが、これはそれほど欠点ではないでしょう。というのは、文脈から切り放された意味不明のコトバの断片の集まりを眺めても、途方に暮れることが多いと思うからです。

 そして,現象理解のために重要と思われるカテゴリーやカテゴリー間の関係の候補が浮かんできたら,それについての分析メモを,データとは別のファイルに,たとえば,下記のような様式で,作成していきます(参考:木下, 2003, 『グラウンデッド・セオリー・アプローチの実践:質的研究への誘い』弘文堂, pp. 187-206.ただし,質的研究一般に活用できて,かつ初心者にもわかりやすい用語に修正しています).

タイトル 

カテゴリー名,またはカテゴリー間関係の名称

説  明 

上記カテゴリーまたはカテゴリー間関係についての説明

 

データ例

データ抜粋,データの所在情報,[データ解釈の補足・解説等]

       ・・・

 

考  察

このカテゴリー,またはカテゴリー間関係についての理論的考察

 

 

「説明」は,そのカテゴリーやカテゴリー間関係の特徴や,それが現れるコンテクストについて簡潔に説明します.データ例は,フィールドノーツの中から抜き出してくるわけですが,コンピュータにデータが入っている場合は,コピー&ペーストで容易に作成できます.データを抜粋するときは,かならずフィールドノーツのどこからとってきたか所在を明確に記載し,後で容易に検索や確認ができるようにしておきます.そして,データだけでは解釈のポイントがわからないので,抜粋データの解釈のポイントに下線をひいたりしておきます.また,必要があれば,括弧[ ]で解説をつけておきます.データ例は,さまざまな種類のものを含めるようにこころがけます.狭い範囲のデータしか事例として見つからない場合は,分析にあまり有用でないのかもしれません.

分析メモ例:

タイトル 

「言える」「言えない」

説  明 

証明問題を議論しているとき、教師や生徒たちは「言う」、「言える」あるいは「言えない」という言葉のやりとりをする.

 

データ例

T:「対頂角は等しいんだという理由で言える。」(12月9日)

T:「関係ない三角形の合同言ってもしゃあねえよな。最終的にはここに持って行くんだから、結論に持っていくんだから。これとこれが長さが等しいんだと言うためにはどちらの証明をしていけばいいんでしょう。」(12月10日)

・野口:「CDとEBが等しいって言ってないから、いち[(1)]といち[(1)]が等しいとは言えないんじゃないか。」(12月10日)

T:「それでいいですよね。この小さい2つの三角形が合同だって言えれば、MDとMEは等しいと言えますよね。」(1月29日)

 

考  察

ここでは、「言う」、「言える」というのは、勿論、発言することとか発言能力の有無の問題ではない.ある命題を「言う」とは、それを理由づけて(即ち、説明して)、断定し、さらにはそれを書く行為までを指していると考えられる.「言える」は、その意味での.「言う」ことが可能であるということを指し、理由づけできないことは「言えない」ものであり、証明の結論などは証明の最後になってやっと「言える」とされるのである。ここでは、証明で構成されるテクストについての議論が行われ、メタ言語が交わされてる。この背景には、証明が言葉で書かれるものであるがゆえに、そこに現れる命題や推論を対象とした議論がより容易になって

きたという状況が関係していると考えられる。いずれにしろ、人間のディスコースの基本行為である「言う」ということが、証明の議論をしているときには通常とは別の意味あいを持ってきているのである.この現象は、証明問題を扱うところで際だっており、証明の学習というものが、数学的議論の新しいディスコースの学習であることを示していると考えられる。

 


こうして作成されるメモの内容を,データ分析過程を通じて,何度も読み返しては分析がデータにフィットするように修正を続けていきます.私は,これらのファイルを,最初は,テキストエディタ(フリーソフトで便利なものが多くあります)で作成するようにしています.MicrosoftWordより立ち上がりがすばやく,メモを迅速に作成したり修正するのには重宝します.これらメモのうち,いくつかは後で使われなくなったり,他に統合されるものもあります.分析の中心的なメモとして生き残り,重要性が出てきたものについては,分量が大きくなったところでMicrosoftWordなどのソフトへ移行するようにしています.そのとき,それらメモが研究論文をまとめるときの核になります.特に,「考察」の部分は,論文の一部にそのままなっていくこともあり,この部分が充実してくると,論文の形がはっきりとみえてきます.


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