理論生成とグラウンデッド・セオリー・アプローチ

 


グラウンデッド・セオリー・アプローチとは,グレイザー&ストラウスによって創始された社会科学の方法論です(グレイザー&ストラウス, 1996)。それは,社会的現象においてデータの収集と分析を通じてデータに根ざした理論(Grounded Theory)の生成を目指すものです。これについては,「事例選出の方法」のページでも触れましたが,ここでは,グラウンデッド・セオリー・アプローチ全体について概説します。グラウンデッド・セオリー・アプローチに関する文献は「質的研究法関連の文献」をご覧下さい。この解説を書くにあたっての,主な拠り所は,比較的新しいStrauss & Cobin (1998)です。

            グラウンデッド・セオリー・アプローチをグレイサーやストラウスらの書物を読んで理解することは,初学者には必ずしも容易ではありません。その理由として,1つに,「理論」とはどういうものか,についてイメージが初学者にわかりにくい点です。社会科学の理論をほとんど知らない初学者に,「理論創造の方法」と紹介しても,つかみどころがないかもしれません。2つ目は,コーディングやサンプリングについて多くの用語や手法が論じられ,さらにそれらが関連しあっているために,読み進んでいくうちに混乱して,全体像がつかみにくくなる点です。3つ目は,説明に使われている事例が,医療や麻薬問題に関することが多くて,教育関係者にはかならずしもわかりやすくなっていない点です。

            そこで,以下では,まず,グラウンデッド・セオリー・アプローチの目指す理論の形について,事例と喩えを用いて,できるだけ数学教育の方にわかりやすく説明します。第二に,コーディングやサンプリングに関しては,表を用いて,全体像が一覧できるようにしました。最後に,数学教育の具体的事例を中心に解説するようにしました。

 

理論とは

教育研究でも「理論」(theory)という名称はいろいろな事柄に使われています.研究論文にはよく「理論的枠組み」の箇所に,構成主義理論,シンボリック相互作用論,ヴィゴツキーの社会文化的発達理論,活動主義理論,教授学的状況理論のような極めて包括的なものが挙げられていますが,これは,教育現象一般や社会現象一般を捉えるための高度に抽象的な概念的枠組みや思想的立場を提供するものです.本論で扱う「理論」とは,もっと,特定の領域や過程に密着したものを指すことにします.たとえば,図形学習におけるファン・ヒーレの思考水準理論,Tall and Vinnerconcept definitionconcept imageの理論,Sfardreificationの理論,数概念形成に関するSteffeらのcounting type理論,等々があります.いずれも,ある現象を理解するための一定の見方を提供してくれるものです.それらは,特定の領域や過程における現象に関わる諸問題の解決に役立つものとして生み出され,その価値が認められてきたものです.

            理論とは、階層構造をなすいくつかの概念とその間の関係を述べたものからなります。その原型は,数学でいうなら,ユークリッドの原論にみられます。原論では,基本概念として,「点」,「直線」,「平面」,・・・があり,それらの間の関係が,公理系で定められています。そして,それらを元にして,さまざまな概念が定義されたり,さまざまな定理や証明が述べられて,大きな命題体系が作られて,理論が発展していくわけです。これは,図形に関するさまざまな事柄を理解し,説明をするための概念的道具を提供するものでした.

            数学の理論では,理論の土台となる基本概念や公理は,必要なものが十分揃っているか,無駄なものがないか,矛盾がないかについて徹底したチェックが行なわれます。通常の質的研究で目指す理論は,数学ほど徹底した理論化にいたることはあまりないということに注意してください。実際,人間の行動を説明するのに必要なものを全部取り込んだら,複雑になりすぎるだろうし,無駄を省いてシンプルにしすぎても使い勝手が悪くなるかもしれないし,理論があてはまらない例外があっても必ずしも困らないからです。教育のような人間に関する応用科学における理論は,現象の理解に役立てること,現象に合わせて適宜修正したり,他の理論と組み合わせたりする,という実用主義(pragmatism)を前提にしています。論理的に磨きをかけて抽象の世界で完結してもメリットはあまりありません。

            このような理論は,研究論文の中でどのように提示されているのでしょうか.数学の理論のように,基本概念と公理系を並べるような様式で理論を提示することはあまりありません.通常は,関連する他の研究や理論の批判的考察を交えながら,現象理解の鍵となる基本的概念やそれらの間の関係についての議論として提示されます.特に,理論的論文や書籍では,関連する他の理論の批判的議論を展開しながら,より洗練されたものとしてあらたな理論を提示していくスタイルがほとんどです.このように提示すると,他の理論や研究との関係が際立ち,当該の理論の特徴がよく伝わるからです.

 

概念とカテゴリー

ここで,理論の構成要素である「概念」(concept)というものを考えてみましょう。概念とは,一般的に,あるひとまとまりの考え(idea,観念)であり,物事を理解する道具立てを提供するものです.たとえば,「山」という概念は,盛り上がっている地形を捉える一つの見方を提供しており,その概念がなかったら,地形の変化を認識したり伝達したりするのに困難を感じることでしょう.ある概念がどういう「考え」なのかを表すために,概念には,名称がつけられています.そして,概念の具体的な事例,イメージ,定義,その他その概念に関連する諸々の事柄が結びついており,それらはその概念の「意味」や「内容」−昔の論理学では,内包(intension)−と呼ばれています.「山」の概念の例でいうなら,「山」,mountain等の名称,近所の山や富士山という具体的事例,漢字の「八」の字のイメージ,「平地より盛り上がった地形」という定義づけ,谷の反対,等があります.

            このような概念がどのようにして形成されるのでしょうか.それには,「カテゴリー」(category)というものを理解する必要があります。社会に見られる諸事象を,何らかの共通性・類似性・関連性等をもとに,分類して(classify),グループ化したものは「カテゴリー」,ときに「クラス」(class),と呼ばれます(グループ化をカテゴリー化といったりします)。そのグループの特徴を分析して定義づけしたりして,ひとまとまりの考えとして抽象されたとき,「概念」が形成されます。たとえば,血液センターの関係者が,「ただいまA型の血液が不足しています.ご協力お願いします」と街頭で呼びかけることがあります.こういう場合,血液型で人をカテゴリー化して,「A型の人」というカテゴリーを生成していると考えられるでしょう.このカテゴリーは単に,A型の血液型を持つ人の集まりにすぎません.それがたとえば,血液型と性格に相関関係があるという「血液型性格判断」の理論(?!)を作っている人においては,「A型の人」というのは単なるカテゴリーではなく,その理論の一つの構成要素となって,独自の意味づけをもつ存在(entity)として取り扱われ,いわゆる「A型人間」という概念を指すことになります.同様に,数学で,「一方が変化するとそれに伴ってもう一方も変化している」現象のパターンをひとまとまりとして捉えているだけでは,カテゴリーを生成しただけです。そのパターンをもとにして,例えば,集合論の枠組みを使って,「2つの集合X, Yにおいて,Xのそれぞれの要素に対して,Yの要素がただ1つ決まるような関係」というように定式化し,「関数」という名称をつけて,はじめて,数学的理論の一概念と認められます。事象をグループ化するだけでなく,グループそのものを抽象化して,既存の理論等,概念ネットワークの中の一構成要素として位置づける必要があります.このように,カテゴリー化はグループ化,概念化は抽象化に関わる営みといってもよいでしょう.

            カテゴリー化と概念化は密接に関連したものです。日常的に使われる概念は,カテゴリー化から生み出されたものが大部分です.たとえば,大人がカラスやスズメを指して,「とり」と呼んでいるのを聞いて,幼児は,「とり」というラベルのついたカテゴリーを生成し,それが,「はねをもつ」「空を飛べる」「虫より大きい」というような特徴と結びつき,子どもなりの動物分類理論を形成して,「鳥」概念を創っていくと考えられます.それはもちろん,生物学者の認める分類理論とは必ずしも一致しないですが,子どもの当面の関心には十分なものでしょう.そして,概念のもとになったカテゴリーの成員が,概念の具体的事例をなします−昔の論理学では,概念の外延(extension)と呼んでいます.上記の「血液型」の例でも見られますように,「理論」のレベルもさまざまで,概念とカテゴリーの区別がつかないほど抽象度の低い理論もあるでしょう.そして,理論を階層的に発展させていく過程では,理論の構成要素である諸概念をさらにグループ化して抽象的なカテゴリーをすることも必要になります.事象からカテゴリーを生成し,それらカテゴリーから概念を生み出し,さらに,それら概念を複数集めてカテゴリーを生成する,といったグループ化と抽象化を繰り返して,高度な理論が作られることになります.もちろん,階層を上に築いていくだけでなく,すでに生成したカテゴリーを細分してサブカテゴリーを生成して,そこから概念を生み出すという下方向の階層も作ることも重要な営みです.

            さて,グラウンデッド・セオリー・アプローチは,理論生成を目指すものであり,事象を分類するだけの意味の「カテゴリー」を生成することは不十分であり,抽象化・概念化への強い志向があります.それゆえに,グラウンデッド・セオリー・アプローチの書物に現れている「カテゴリー」という用語は,「概念」の一種と考えてよいです.

「カテゴリーとは,データから引き出された概念であり,現象を表すものである.・・・現象とは,私たちのデータから出てきた,重要な分析上の考えである.『ここで何が起こっているのか?』という問いへの答えを与えてくれる.現象は,研究対象となっている人々にとって重要な問題,結果,関心,事柄を描写している」(ストラウス&コービン, 2004, p. 142)

それゆえ,以下では,分析作業の中からデータに根ざしたものとして生み出される概念に限定された専門用語として,「カテゴリー」を使用します.なお,木下(2007)は,生データの分析から生成された複数の概念間のまとまりにのみ,「カテゴリー」という用語の使用を限定し,他は「概念」で通しています(pp. 209-216).他方,ストラウス&コービン(2004),および戈木クレイグヒル(2006)では,すべて「カテゴリー」という用語で通し,その中に,「プロパティ」「ディメンション」「コアカテゴリー」「サブカテゴリー」等の名称でさまざまな種類のカテゴリーを使い分けています.

 

カテゴリー(および概念)の生成とそれらの階層的関係付け

理論を目指すには,まず,データ分析を通じてさまざまなカテゴリーまたは概念を生成して,それらを徐々に階層的に組織化していくことが必要です。以下では,グラウンデッド・セオリー・アプローチにおける組織化の形態について,その基本構造を説明します。

            まず,関心をもっているある一まとまりの社会的現象を,1つのカテゴリーとしてとらえます。社会的現象を分析する枠組みはさまざまに考えられます。ストラウスらは,基本的枠組みとして,社会的現象を,2つの側面からとらえる見方を提案しています。彼らによれば,社会的現象は,それが生起する条件,要因,状況,および現象からどういう結果が生じているか,といった構造的側面と,現象がどのように展開するのか,どういうやり方で行なわれるのか,どういうやり取りを経るのか,という,プロセス的側面から捉えられます(Strauss & Cobin, 1998, p. 123, 192)

            カテゴリーを生成していく中で,この両面について着目して分析を進めます。その結果,関心をもっている現象を扱うカテゴリーをカテゴリーAと名づけると,カテゴリーAに関して,それの構造的側面に関わるカテゴリーやプロセス的側面に関するカテゴリーが見出されることになります。それらは,カテゴリーAの「特性」をあらわすカテゴリーであるとされ,カテゴリーAの下に属する「サブ」カテゴリーと呼ばれたりする。

            さらに,カテゴリーの各特性は,その具体化の種類,場合,範囲に細分化されます。その細分化は次元化と呼ばれ,その細分結果は,次元(dimensions)と呼ばれる一連のカテゴリー群となります。(日本語定訳の「次元」と違って,Dimensionという英語には,範囲,広がり,規模,寸法という意味があります。「範囲」とでも訳したほうが適切かもしれませんが,慣例に従って「次元」としておきます。)


 


図 カテゴリー間の階層的関連付け

 

(註:Strauss & Cobinの初版では,さらに細かく,「原因となる条件」,「現象」,「文脈」,「介在する条件」,「行為/相互行為」,「帰結」という6つのサブカテゴリーを提案している。第2版でも,それらの説明はあるが,「条件」,「行為/相互行為」,「帰結」の3つに大きく整理している。さらに,第2版では,コードがどのサブカテゴリーに相当するかにとらわれるよりも,構造的側面とプロセス的側面の両面でとらえる動的・創発的とらえ方をすることが分析において最も大事なことであると強調されている。)

            このように,データ分析から生成されたカテゴリーを階層的に関連付けして,体系化することができます。このような体系化は,後述の「軸足コーディング」(axial cording)の過程で作られます。その英語名の示す通り,軸足コーディングは,カテゴリーを座標平面内に位置付けるための座標を求めるのにたとえられています。カテゴリーAを,平面内のある限られた領域と考えてみましょう。その場所は,2次元平面なら,適当なところに原点を定めて,2つの座標軸,x軸,y軸を使って捉えることができます。原点をどこにとるか,座標軸をどの方向にとるかは,データにあわせて決定します。


 


            カテゴリーAを捉えるための特性は,ここでは座標軸,x軸,y軸に相当します。そして,カテゴリーAが位置する場所のx座標,y座標の値の範囲(図で太い線分)が,それぞれの特性に関するカテゴリーAの次元に相当します。ちなみに,物体のタテ・ヨコ・高さのサイズのことを,英語では日常的にdimensionsといいます。ここでは,簡単のために2次元平面で説明しましたが,特性の数を増やしたければ,高等数学で扱うn次元空間で考えればよいでしょう。また,実平面RxRの代わりに,整数の直積空間ZxZで置き換えれば,カテゴリーAのx, y座標の値のとる範囲は,有限個の格子点の集合となり,次元は,線分ではなく,有限個の値の集合になります(cf. Strauss & Cobin, 1998, p. 141)。

 

仮説の生成

社会的現象を説明する理論をなすには,こうして生成されたカテゴリー体系にさらに,問題としている社会的現象について仮説が提案されなければなりません。仮説は,カテゴリーの次元のレベルで表現された命題の形をとります。みなさんがよくご存知の数学の理論にたとえるなら,仮説は,公理や定理に相当するものです。

 

具体例

以上のことを,例を用いて説明します。中学校数学では,文字は大切な数学的概念であり,文字式の計算はその活用において基本になります。しかし,文字式の計算につまずく生徒が多いことでも知られています。そこで,「文字式計算の困難」というカテゴリーを考えてみましょう。これは教育現場で頻繁に現れるカテゴリーといってよいかもしれません。これについて,特性,次元,仮説を考えてみると,以下のようなものが候補になるかもしれません:

 

カテゴリーA:(中学校数学における)「文字式計算の困難」

このカテゴリーに関わる構造的特性

特性1:「算数から数学への移行」 次元: 「文字学習の初期」(<-->「後学年の文字学習」)

特性2:「生徒の文字理解のモデル」 次元: 「数の代わり」,「空欄」,「記号」,「数直線上の長さ」,・・・

特性3:「問題」 次元: 「計算問題」(<-->「文章題」)

特性4:「文字式の文法」 次元: 数の文法と違う場合(<-->数の文法と同じ場合)

このカテゴリーのプロセス的特性

特性5:「確かめ」 次元: 教師の確かめ(<-->「セルフチェック」)

特性6:「生徒の計算ストラテジー」 次元: 「1つにまとめる」,「括弧無視」,・・・

特性7:「教師の対応」 次元:「機械的処理の強調」,「意味の確認」,・・・

 

(次元については,カテゴリーAが関係する範囲にないものは,(<-->・・・)という形で括弧の中に示した。例えば,文字式の計算の困難では,問題の種類としては文章題を通常含まないので,カテゴリーAのとる次元ではないと考えられます。ただし,問題の種類といったときに,一般的には,「計算問題」が「文章題」との対比でとらえられているものであることは理解しておく必要があるでしょう。)

 

仮説:「中学校1年次の文字学習の初期においては,文字理解のモデルの変化や文字式特有の文法の出現,および,文字式の計算の正しさを学習時に確かめる手段が限られているために,生徒は文字式の計算問題においてしばらくの間混乱し,生徒は独特の計算ストラテジーを生み出す。ただし,その混乱は,教師の対応の仕方によって,差が出る。計算の機械的側面を強調することは必要ではあるけれども,意味の確認を伴わないと計算の正しさに対する適切な感覚や意識が生徒に育たず,(誤った)独特の計算ストラテジーの使用が続けられる可能性が高い。」

 

コーディング,サンプリング,理論の創造

データ分析においては,すでに入門編で述べましたように,現象をラベル付けするコーディングという手段を用います。コーディングの目的や方法の中心は,分析の進み具合によってシフトしていきます。分析の初期から終期へと,ストラウスらは,オープン・コーディング,軸足コーディング,選択的コーディングの3種類のコーディングを提案しています。

            すでに論じましたように,質的研究法では,データ分析とデータ収集が関連しあって進みます。したがって,コーディング作業は,サンプリング過程と連携して進められます。ストラウスらは,上記3種類のコーディングと連携するサンプリングとして,オープン・サンプリング,関係・バリエーションのサンプリング,限定されたサンプリングの3種類を提案しています。ただし,ここでいうサンプリングというのは,実際にフィールドに行って新たにデータを収集することばかりを指すのではなく,すでに収集されているデータの中から特定のデータを選び出したりすることも含まれます。

            3つのコーディング方法と3つのサンプリング方法の関係およびそれぞれの特徴を一覧表にまとめると以下のようになります。もちろん,これはわかりやすくするために,やや単純化してまとめたものであり,現実には,それぞれの方法が重なり合って使われることでしょう。

 

コーディング名

オープン・コーディング

軸足コーディング

選択的コーディング

主目的

カテゴリー,特性,次元を生成する。

カテゴリー間の関連付けを探る。カテゴリー,特性,次元を階層的に組織化する。

仮説および理論を生成し精緻化する。

時期

分析初期〜中期

分析中期

分析中期〜終期

分析手続き

l         事例同士の比較

 

l         カテゴリー同士の比較

l         事例同士の比較

 

l         カテゴリー同士の比較

 

l         構造とプロセスの関連付け

l         中心的カテゴリー(メイン・テーマ)の同定

 

l         中心的カテゴリーと他のカテゴリーとの関連付け(次元レベルで暫定的仮説を生成する。)

 

l         仮説,理論の精緻化(妥当性を高める)

役立つ探求的問い

l         5W1Hを問うもの

何が,誰が,どこで,いつ,なぜ,どうやって,という形の問いによって,カテゴリー,特性,次元を指し示すデータを探っていく。

l         特定のカテゴリーについて5W1Hを問うもの

特定のカテゴリーに特性,次元となるサブカテゴリーを結び付けていく。

 

l         カテゴリー間の関係を問うもの

「このカテゴリーは,他のとどう関連しているのか?」「もしこの条件が成立していると,どんな結果になるのか?」等々を問い,カテゴリー間に成立する関係について仮説を立てる。また,構造(why)とプロセス(how)を関連付けていく。

l         中心的カテゴリーを同定したり,それによる関連付けを促進するもの

「彼らが関わっている問題のメインは何なのか?」,「私が繰り返し出くわしているのは何なのか?」等々。

 

l         仮説,理論の論理的整合性に関するもの

 

l         仮説,理論とデータとの整合性に関するもの

サンプリング手続き(理論的サンプリング)

オープン・サンプリング

研究課題に関係ありそうな事例を探して,オープンマインドでデータを採って比較をする。カテゴリー,特性,次元が浮かび上がってきたら,それらが関わっていると思われる事例を探す。

関係・バリエーションのサンプリング

l         ひとつのカテゴリーについて

ひとつのカテゴリーについてその特性の次元がさまざまに異なると思われる事例を探して比較をする。そうして,特性や次元の多くのバリエーションを調べ上げる。類似した事例と比較する方法(「最小化」)からはるかに異なる事例と比較する方法(「最大化」)まで,それぞれに使い道がある(グレイザー&ストラウス, 1996, p. 81)。

 

l         複数のカテゴリーの関係について

複数のカテゴリーの関係を調べるために,それらカテゴリーが同時に関わっている事例を探して,比較をする。そして,複数のカテゴリーを次元レベルで関連づける仮説を生成していく。

限定されたサンプリング

l         比較分析を最大限に進めていく。

 

l         負事例の探索。

 

l         理論的飽和を目指す:

(1)カテゴリーが出尽くした。

(2)特性,次元も十分洗練された。

(3)仮説も妥当性が高まった。

 

分析方法についての解説

 

どんな科学的探究も,問いを立ててそれを追求する営みが基本です。ストラウスらも上記3つのコーディングとサンプリングの過程において,研究者が自らに課すべき問いを論じています。上の表には,主な問いの種類を挙げておきました。

            グラウンデッド・セオリー・アプローチでは,「比較」を主要な分析手続きと理論創造の手法としております。それには大きく2種類の比較の方法が論じられています。1つは,事例同士の比較(comparing incicent to incident)です。もう1つはカテゴリー同士の比較です。後者は,理論的比較(theoretical comparison)と呼ばれ,理論創造のためのもっとも重要なものです。両者について,例を用いて説明します。

 

事例同士の比較

関心をもっている事例をいくつか比較して,それらの類似点と相違点を検討することによって,事例の分類が行なわれます。分類によって生成されたグループは,カテゴリーとなります。

            さらに,同じカテゴリーに属する事例同士について比較を進めて,それらの類似点と相違点について検討します。類似点を調べることによって,カテゴリーに共通する属性である特性を見出すことができるでしょう。相違点を探ることによって,次元のバリエーションを見出すのに役立つでしょう。

 

カテゴリー同士の比較(理論的比較)

カテゴリーがどんな特性や次元をもっているかは,カテゴリーの事例をいくつも比べて考えていく帰納的手段だけでは,必ずしも思いつかないことがしばしばあります。たとえば,数学の授業の様子を捉える仕方を考えてみましょう。ある現場の教師は,研究授業のことを話題にしているときに,「私の授業はよくお祭り授業だって言われる」と述懐していました。「お祭り授業」というのは,その教師の属している教師仲間の間で共有されている表現だといいました。この「お祭り」という表現には,「授業」と「お祭り」を比較するという視点が見られます。「お祭り」は,「授業」とはまったく別のカテゴリーであり,決して,授業中にお神輿を担いだり,踊りを踊ったりするわけではないのです。クラスが全員楽しそうに活動に参加しているが,必ずしも内容の深まりがない様子が,「お祭り」と共通するとしてとらえていっているのでしょう。共通する特性としては,たとえば,「イベント性」「盛り上がり」などを考えることができるでしょう。(ただし,これは,研究授業として授業を構成するときに,目立つ特性かもしれません。)こういう特性は,授業というカテゴリーに属する事例だけみていては明確にとらえることのできないものです。

            人間が現象を理解するプロセスは認知的活動であり,認知科学において研究が進められています。その研究で明らかになっているひとつに,何かを理解するとは,自分達がすでに知っている事柄(「認知モデル」)に関連付ける過程であるということがあります。「授業」というカテゴリーを理解するのに,「お祭り」というよく知られているカテゴリーに関連付けるというのも,この人間の認知的活動の現れなのです。そして,この2つの異なるカテゴリーの間の比較をすることによって,関心をもっているところのカテゴリー「授業」の特性が浮かび上がってくるのです。

            カテゴリーとカテゴリーの比較は,理論創造にとってたいへんパワフルな道具です。上記の事例では,当事者である現場の教師がたまたま「お祭り」というカテゴリーを現場で共有されているもの("in vivo code")として明示してくれましたが,いつもそういうわけにはいきません。当事者は当事者自身のことをすべて意識できているわけでもないし,的確に表現できるわけでもありません。研究者が,当事者に関するさまざまなデータの中から,当該のカテゴリーの特性や次元を考えるのに役立つ他のカテゴリーを見つけてくる必要があります。そこは,研究者の腕の見せ所になります。使い古された表現に安住せず,慣れ親しんだ見方や解釈から脱却して,想像力を発揮して,さまざまなカテゴリーと比較を試みる努力が必要になります。教育研究における最近の理論には,実際,たいへん興味深いカテゴリー比較がみられます。例えば,教授・学習過程をapprenticeship(徒弟制)とみなすcognitive apprenticeship理論,教師の指導を,scaffolding(建設現場の足場)とみる見方,教師と生徒のやりとりをnegotiation(交渉)と捉える見方,など学校教育を,それとは一見関係なさそうなカテゴリーと比べています。

          カテゴリー間の比較は,個々の事例よりもカテゴリーのレベルで思考を進める作業を刺激します。データを分析していると,往々にして,個別の事例の詳細を追求することばかりに気をとられて,概念レベルに進めなくなることがあります。しかし,グラウンデッド・セオリーは,個別の事例の報告書を作成するのが目的ではありません。「その事例から何がいえるのか?」という理論化志向をもつことが大切です。カテゴリー間比較は,それを刺激するのに役立ちます。

 

カテゴリー同士の比較のための技法

(1)フリップ・フロップ技法(反転技法)

一つのカテゴリーAの理解を深めるために、その「反対」や「極端」に相当するカテゴリーBを考える技法です。カテゴリーBの特徴を調べて、カテゴリーAとの違いを検討すると,カテゴリーAについて新たな特性が浮かび上がってくることがあります。

          たとえば,近年,算数・数学の授業で,数学の問題の答をコンピュータで見つけたり,確認したりする活動が増えています。図形の性質なども,論証ばかりしないで,「カブリ」や「スケッチバッド」など図形学習ツールとよばれるソフトウェアを用いて確かめれば十分ではないかという議論が教育現場で提起されています。そこで,図形学習ツールで図形の性質を確かめる活動を,「コンピュータ証明」という名のカテゴリーとしてみましょう。コンピュータによる確かめの特徴としては,「直接検証」が挙げられるかもしれません。図形学習ツールを使う場合は,図形を描いてみて,当該の性質が成り立っているかどうかを,コンピュータに測定させてみて,確かめるものです。たとえば,「二等辺三角形の2つの底角は等しい」という命題を確かめるなら,二等辺三角形をツールで描いてみて,2つの底角の大きさをツールで測定してみて,数値が一致するかどうかを,いろいろな場合について調べます。文字通りといってよいくらい,実に,直接的です。しかもコンピュータなので,非常に多くの形の二等辺三角形を瞬時に確かめられます。

            「直接検証」というカテゴリーの反対のカテゴリーとして,「間接検証」を考えてみましょう。コンピュータを活用できる学習で確かめをする場合で,「間接的」に確かめるというのはどういう場合でしょうか?伝統的論証による確かめは,さまざまな前提に依拠して,論理の連鎖を作り上げていくものです。その意味で,論理的推論が確かめの過程に関わらざるをえない場合を考えてみるとよいでしょう。たとえば,「多角形の内角の和は,何度になるだろうか」という図形の問題に取り組んでいる場合,「多角形」の例として,三角形,四角形,五角形,・・・のすべてについて成立することを考えなくてはならない,という推論が関わるでしょう。それぞれについては,図形学習ツールで作図して数値を求めることができます。しかし,それらの数値から多角形「一般」についての事柄を見出さなくてはなりません。それには,図形学習ツールではどうしようもありません。論証まではいかなくても,たとえば,表を作成してパターンを調べるなどの活動など,いずれにしろ,推論が関わってきます。

            また,「三角形の内角の和と四角形の内角の和の間の関係はどうなっているか」というような,図形学習ツールで見出された個々の知識の間の関係を問う問題はどうでしょうか。科学は知識の寄せ集めではないので,個々の知識の間の関連を追求ことは探求的活動において自然なことです。このような「メタ」を問う場面では,推論活動が目立ってきます。

            ここで,「直接検証」に立ち返ってみましょう。「直接検証」ができるのは,問題が,直接検証しやすい問題や直接検証しやすいように定式化されている問題の場合に限られてことが見えてくるでしょう。そこで,「問題の種類」や「問題の定式化」という特性を設定して,それらにどのようなバリエーションがあるのかを考えてみることになります。

 

(2)体系的比較

あるカテゴリーに近いカテゴリーから遠いカテゴリーまで、研究者自身の経験や文献から選んできて、それらの特性や次元について、比較を行う方法を指します。

            たとえば,「文字式計算の困難」に近いカテゴリーとして,「ピアノ初心者の困難」というカテゴリーを考えてみましょう。文字式の計算もピアノ演奏も,大人ないし熟達者の指導のもとに技術の習得を伴う点で共通しています。ピアノ初心者の直面する困難について考えてみましょう。ピアノ学習の困難はどんな指導を受けるかによってさまざまですが,よく初心者が感じるのは,練習が退屈で続かないことがあるでしょう。音楽を聴くことには関心が高く,気に入った曲を自分で演奏してみたいという強い動機はあっても,何ヶ月もの退屈な教本での指と音階の練習を要求されたら,途中で投げ出してしまうかもしれません。そこで,たとえば,よく知られた曲やお気に入りの曲を初心者向けにアレンジしたものを,練習の中に組み込んで学習することが必要になります。こう考えると,「動機付け」や「退屈な練習」が特性として浮かび上がってきます。

            そこで,同じような特性が,「文字式計算」にも考えられないか,と思いをめぐらします。その困難を形成する要因の中に,「退屈な練習」にあたる要素はないだろうか?あるとすれば,退屈さを乗り越えるためにどんな工夫が行なわれているか?また,音楽への関心がピアノ学習への強い動機づけの1つになっているが,「文字式計算」の学習に,「動機付け」を与えるものはあるのか?そして,具体的に文字式計算の困難に関するデータにあたって調べなおすのである。

            今度は,「文字式計算の困難」とかけ離れたカテゴリーを考えてみましょう。たとえば,「ベテランのタクシー運転手の運転」を考えてみましょう。ベテランのタクシー運転手は,自分の担当地域のランドマーク(目印)と道路については非常に詳しい。行き先,または行き先に近いランドマークを聞いただけで,現在地点からそこへ行くまでの最短の道順をすばやく見出す能力をもっています。この能力は,地図を眺めるだけで身につくものではなく,実際に自分で車で昼間や夜間に何度も通って実際の様子を確認したりして身につけていったのでしょう。道順についての自分の判断の良し悪しは,実際に運転してみて自分のからだで確認できます。

            さて,同じような特性が,「文字式計算」にも考えられないでしょうか?文字式計算において,「ランドマーク」に相当する知識は考えられないでしょうか?たとえば,文字式においては,四則演算記号および括弧がそこにどう配置されているかが文字式の構造を決定づけます。この知識を「ランドマーク」という名称の特性で捉えてみるのも役立つかもしれません。また,文字式計算における計算の正しさについての判断の「確認手段」はどうでしょうか?タクシーの運転のような目に見える確認の手段は,通常の学習では欠けているようです。これは文字式計算の学習の困難を生んでいる要因の一つに考えられないでしょうか?

            データ分析というと,多くの具体的事例の観察から徐々に一般化していくという伝統的イメージがあります。理論的比較では,それとは違って,かなり思い切った比較を行なって創造力を刺激することがもとめられるのです。

 


 

質的研究法ホームにもどる