概念枠組み(conceptual framework)と研究課題の設定について:

データ収集の焦点化と範囲の限定のために


A.概念枠組みの設定

 現象を分析し理解するという営みは、当該の現象をより捉えやすい諸要素に分解し、それらの要素の間にどのような関連があるかを吟味することです。したがって、自分が関心をもっている現象を分析しようとするとき、その現象にどのような要因、変数、過程等が関わっているのか、そして、それらによって当の現象がどのように構成されるのか、を問いかけることになります。このような研究者の問いかけは、いわば、当該の現象の捉え方を方向づける前提をなし、探究活動をすすめていくための枠組みを設定する営みです。この枠組みを「概念枠組み」(conceptual framework)といいます。研究目的に応じて、研究者は適切な概念枠組みを設定し、その設定理由を説明することが大切です。というのは、概念枠組みは研究を現象の特定の側面に限定するものです。したがって、その他の側面は扱わなくても、研究課題の追求が重大に損なわれることはないということを論じておく必要があるからです。同時に、概念枠組みは、現象を追求していくための道具立てでもあります。どうしてそういう道具立てが現象の理解に役立つのか、ということを検討して論じておく必要があるからです。もちろん、質的研究は研究過程に柔軟性を持たせることを第一とするので、研究が進むにつれて必要に応じて概念枠組みを修正していくことが肝要です。

 質的研究を進めるときの概念枠組みを構成するものには、一般性や抽象度によりさまざまのレベルのものがあります。研究の枠組みとなるため、研究の課題、仮説、理由、方法等、研究全般に関与する重要なものです。

(1)経験的一般化

 比較的抽象の度合いが低い命題からなり、現象に中に見られるパターンや、現象の分類を記述したものです。通常、研究を始めるときに、特定の領域の事柄について先行研究の検討から得られます。研究の焦点や研究課題や研究仮説を具体的に設定するときに、導きとなるものです。

 経験的一般化のレベルに属する命題の例としては、以下のようなものが挙げられるでしょう:

l        「分数の意味には、分割操作分数、割合分数、量分数、商分数の4種類がある。」

l        「数学的概念に対する生徒たちの捉え方には、道具的理解と関係的理解がある。」

l        「中学生が数学的命題の妥当性を示すストラテジーには、素朴経験論、決定的実験、生成的事例、思考実験の4つのタイプがみられる。」

l        「論証指導の初期において、証明すべきことを証明の途中で使ってしまう生徒がよくみられる。」

l        「日本の授業の進め方は、『導入』-->『展開』-->『まとめ』のパターンに従っている。」

(2) 中範囲の命題(middle-range propositions)

 「経験的一般化」よりも普遍性を志向した命題からなるもので、その扱う範囲は特定の種類の事例に限定されません。研究課題やデータ分析の大枠を定めるときに重要になります。例えば、概念形成、問題解決、教授・学習過程、教室内コミュニケーション、カリキュラム開発、等々のそれぞれの領域全体に関する命題が相当するでしょう:

l        「数学的概念の理解の状態は、『概念イメージ』と『概念定義』の2面から捉えることができる。」

l        「数学の教授・学習は、新しい文化への適応(enculturation)の過程である。」

l        「教師の信念体系は、教師の教授行動のパターンを決定づける。」

l        「教室内の数学学習は、ある種の社会的規範によって規制されている。」

(3)理論的枠組み

 どういう立場で質的研究を進めるかを決定づける理論をさすもので、研究全体の性格や方法論を形作るものです。構成主義、社会的構成主義、シンボリック相互作用論、エスノメソドロジー、社会・文化的発達理論、現象学などがこれに当たります。

 実際の研究では、いくつかのレベルの互いに関連し合った命題をもとにして概念枠組みがつくられます。例えば、J.Ferrini-Mundy & T.Schram (The recognizing and recording reform in mathematics education project: Insights, issues, and implications (JRME monograph No. 8), NCTM, 1997)は、 NCTMスタンダード(以下、『スタンダード』)に基づく変革が学校現場でどのように進められているかついてのケーススタディを行っています。彼らは、『スタンダード』の基礎にあった構成主義に合わせて、「『スタンダード』に従った数学教育の変革とは、地域、学校、教室、教師等における『スタンダード』についての理解形成(sense-making)のプロセスである」という考え方をとり、変革の様子をそれに携わる当事者たちの側の捉え方を重視しました。そして、5つの観点をデータ収集の際の枠組みとして具体的に設定しました(p. 20)

a.数学について当事者たちがもつ見方

b.数学教育について当事者たちのもつ見方

c.数学的実践の変革に対する教師たちの努力に(支持的ないし抑制的)影響を及ぼしている諸状況

d.学校における数学的、教育的実践が生徒たちに及ぼしている影響の様子

e.学校における数学科プログラムの進展の様子。

これら5つの要素が重要な柱になるという立場は、『スタンダード』自身の概念枠組みと他の数学教育の研究からの経験的一般化や中範囲の命題に支えられているものです。

 要素間の関係をよりわかりやすく表現するために、図示することも大切です。T.Wood, P.Cobb, E.Yackel, and D.Dillon (Rethinking elementary school mathematics: Insights and issues (JRME monograph No. 6), NCTM, 1993)らは、構成主義やエスノメソドロジーの理論的枠組みと教室内ディスコースに関する中範囲の命題を組み合わせた詳細な概念枠組みを展開しています。彼らは、自分たちの研究の理論的方向付けを説明する中で、以下のような図を利用しています(p. 32)

概念枠組み設定の際の注意点(参照:Miles & Huberman, 1994)

1 概念枠組みは、研究を進める中で何度も修正し、より適切で、わかりやすく、簡潔なものにしてください。大事な要素や関係が欠落していたり、要素間の関係がわかりにくかったり、無駄なものが入っていたりしないようにしていきます。この際に、図示したり、他の仲間と議論したりすると、そのような問題点をチェックしやすいでしょう。

2 概念枠組みは、だんだんと焦点化したものにしていきます。現実の現象は、常に多くの要素や関係によって構成されています。授業中の話し合いを考えただけでも、学年、学期、単元、教材、生徒数、生徒たちの個々の様々な能力や個性、教師の経験や考え方、それまでの授業の流れ、生徒間の人間関係、生徒と教師の人間関係、それぞれの生徒の家庭環境、教師の体調や気分、等々、考えればきりがありません。このような思いつく限りの要素や関係を挙げたままの「八方美人」にしていたのでは、研究の焦点はいつまでも絞れません。自分が関心をもっている現象を理解するのにどういうことが最も重要なのかを判断し、関与が弱いものは大胆に削り、先鋭化した枠組みを作っていきます。

3 予備研究をしておくことは、主研究のための概念枠組み設定に役立ちます。

B. 研究課題(research questions)の設定

 研究を進めていくときに、概念枠組みと研究課題は互いに密接に関連し合って形作られます。上述のように、研究の概念枠組みは、関心を抱いている現象への問いかけを追求するための方向付けや理解のための道具立てを提供するものです。自覚しているか否かに関わらす、物事を理解する営みにおいて必然的に利用するものです。例えば、上述のJ.Ferrini-Mundy & T.Schram の研究の概念枠組みは、「NCTMスタンダードに基づく変革が学校現場でどのように進められているか」という(概括的な)研究課題に関わって作られたものでした。他方、研究のための概念枠組みを検討していくなかで、今度は、研究課題が概括的なものからより具体的(specific)なものになってきます。例えば、上述のJ.Ferrini-Mundy & T.Schram の研究枠組みからは、次のようなさまざまな具体的研究課題が触発されるでしょう:

a.教師たちは数学についてどのような見方をしているのか?その見方は実践及びその変革のあり方に影響を及ぼしているのか?

b.教師たちは構成主義をどう受け止めているのか?かれらの教育観が変革にどのように影響しているのか?

c.教師たちは変革においてどういう役割を演じているのか?従来から教科書、テスト、評定などの存在は、変革においてどのような影響を及ぼしているか?

d.テクノロジーの利用は生徒たちの学習にどのように働いているか?スタンダードは一部の生徒たちに不利に働いていないか?

e.教師たちは、変革の過程でどのように変容していくか?(cf. Ferrini-Mundy & Schram, 1997, p. 25)

研究課題設定の際の注意点(参照:Miles & Huberman, 1994)

1 研究課題は、漠然とした、一般的なかたちのもので始めてかまいません。それを、概念枠組みを明確にしながら、次第に具体的で焦点化されたものへと定式化していきます。始めから、数多くの具体的な課題を扱ってしまうと、焦点の定まらない散漫な研究になったり、個々の具体的な問題の背後にある大きな問題を見失ったりする危険があります。

2 概念枠組みの設定と研究課題の設定とは、どちらを先に進めてもよいでしょう。自分のやりやすい順序でかまいません。

3 研究課題は、実際に研究可能なものへと定式化していきます。いくら興味深い問題でも、データ収集が実行不可能なものではあきらめざるを得ません。技術的理由、研究者の能力的、時間的、労力的、経済的理由、当事者の時間的、心理的負担やプライバシー保護、等々により、満足なデータ収集がのぞめない場合は数多くあります。

4 データ収集や分析の際には、つねに研究課題を見直すように心懸けます。これは、まず、フィールドで経験するさまざまな出来事の新奇さだけにとらわれて、データ収集の焦点が研究課題からそれていってしまったりするのを防ぎます。また、データ収集が進むにつれて、研究課題の設定の仕方が不適切であると判明した場合に、早急に修正して、研究の進め方を立て直す必要があります。


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