気象・天気のはなし 20
霜から作物を守る


山口大学農学部 山本晴彦

1.八十八夜の別れ霜
 「八十八夜」は、立春(二十四節気(にじゅうしせっき)の一つで、初めて春の気配が現れてくる日で2月4日頃。節分の翌日にあたる)から数えて88日たった現在の暦で5月2日頃にあたります。文部省唱歌「茶摘(ちゃつみ)」の「夏も近づく八十八夜‥」の歌が思い浮かびます1)。八十八夜に摘まれたお茶は「縁起のよい長寿の妙薬で、飲めば長生きできる」との言い伝えられ、春の精気をあびたお茶の新芽は味も香りも極上で、昔から特に珍重されてきました。「八十八夜の別れ霜」ということわざがあり、わが国では八十八夜の頃に高気圧の影響により気温が急に低下して最後の霜(晩霜)が降り、お茶、桑、ナシ、ぶどうなどの果樹、野菜、じゃがいも、たばこなどは大きな被害を受けることがあります。この日以降は霜が降る心配がないとされています。

2.作物の霜害
 八十八夜の頃は、お茶では一番茶の新芽が出葉する時期で、新茶の収穫が始まる農家では晩霜の被害(霜害)を最も恐れています。春や秋に大陸から冷たく乾燥した移動性高気圧が日本列島を覆うと、日中はよく晴れ、夜間もよく晴れます。晴天の夜間に風が弱いと、地面から上空への熱の放出が増えます(放射冷却と呼びます)。この結果、地面付近の空気は非常に冷え込み、地表付近の気温が0℃以下になると大気中の水蒸気が昇華して地面や作物の表面に氷の結晶が付着し、作物体や地表面が凍結して霜が降ります。とくに、夏作物や耐寒性が弱まった季節の越年生作物では作物組織の凍死や障害を受けて枯れてしまいます。テレビなどで発表される気温は、地面から約1.5mで測定したもので、気温が3℃と発表されても、地面付近は0℃以下となっていることがあります。
 ブラジルではコーヒー栽培が盛んですが,春先の晩霜によって霜害が発生して収穫量が激減すると,コーヒーの取引価格が急騰します(財団法人全日本コーヒー協会)。また、フランスの有名なワイン産地のブルゴーニュ地方では3月頃からブドウの発芽期に霜が降りると霜害が発生し、秋の収穫・品質に大きく影響を及ぼします。このように,霜害により私たちの食卓にも大きな影響を与えていることがわかります。


3.霜害の歴史
 わが国では,明治維新以降,国内の輸出産業の育成に力が注がれました。その中でも,生糸は重要な輸出品となり、蚕の飼育のために桑の栽培が奨励されました。桑の霜害を防ぐため、昭和28(1953)年の凍霜害の発生時には重油の燃焼による防霜試験が実施されて,その効果が実証されました。昭和29(1954)年4月21日・28日の降霜により桑・茶・リンゴなどを中心に作物に甚大な凍霜害が発生し、被害農家の困窮と作物生産の減退はきわめて憂慮すべき状況でした2)。1960年頃からは、かんがい用の散水装置を用いた散水氷結法や被覆法の実用化試験が実施され、果樹においても防霜法として早くから散水氷結法の導入が図られてきました。

4.霜害から作物を守る
 晴天無風で、前日午後7時の気温が6℃以下の時が霜の降りる気象条件ですが、午後7時の気温が8℃前後でも寒気が南下して移動性高気圧が通過するような条件では降霜の恐れがあります。「霜害から作物を守る」には,まず霜害が発生する危険性がある場所を、温度計による低温出現の分布,煙(発煙筒)やゴム風船(浮力0)の動きから知ることが重要である。寒気の流入方向や溜まる場所が判ればその侵入を防いで霜道を変え、霜溜まりを解消するように障害物を取り払います。園地周囲の防風施設(垣・林・ネット)が冷気の流れをせき止めるような場所に設置されている場合は、巻き上げて・下枝を除去しておきます。現在,農家では作物を霜から守る方法(防霜対策)として、燃焼法・煙霧法・送風法・被覆法・散水氷結法などが行われています。ここでは,主な防霜対策法について紹介します。

1)燃焼法
 燃焼法を実施する場合、降霜は数日連続することが多いので、燃料を十分準備しておく必要があります(例:重油、霜カット(オガクズ・A重油の混合袋詰))。点火数は10アールあたり30〜40ヶ所で、着火は霜害を起こす限界温度(危険温度)以上に作物の体温を維持することが目的であるので、危険温度が−2℃(気温で言えば−1℃)とすると気温が0℃になる直前に行います。風上側に多く配置し、園内の温度が均一になるよう園地の周辺部へ多めに配置するほか、傾斜地では谷側に、くぼ地では最低部に重点的に配置します。稲わらなどを燃やすことでも可能ですが黒煙などで生活環境に支障が出ないように注意する必要があります。古タイヤや廃油は環境汚染の原因となるため使用できません。点火後は、気温の低下・上昇により、火の点数の増減、火の勢いの強弱を行う必要があります。

2)送風法(防霜ファン法)
 雲のない晴天の夜間は、放射冷却により葉温(葉の温度)は気温に比べて1.5℃前後低下し、降霜時には逆転層(地上約6mで気温3〜6℃)が形成されます。皆さんは,写真1のような扇風機みたいな機械をお茶園などで見かけたことがありますか3)。写真1に示した送風機(家庭用の扇風機と同じ仕組み)は防霜ファンと呼ばれており、高い所に設置して暖かい空気を茶の表面に送風して霜害を防ぎます4)。防霜ファンを設置している園地では、霜が降りる時期になると素早く稼働出来るよう準備を急ぎ、確実に作動し、始動する温度が2℃となっているかを事前に確認しています。防霜ファンの利用により、防霜効果の他に夜温の昇温効果による花芽や葉芽の生育促進効果が期待できます4)


写真1 茶園に設置されている防霜ファン(山口県宇部市小野茶園)

3)散水氷結法
 水が氷に凍結する時に水1gにつき80calの放出する熱(潜熱)を利用して、0℃以下にならないようにすることで霜害を防ぐ方法です。霜が降りるような夜に作物に水を散水すると、水は凍って作物体は氷で包まれます。図1に示したように、この時に潜熱を出してしばらく0℃が保持され、これ以下には下がりません。氷が冷えないうちに水をさらに補給すれば、その水が凍る時に新しい潜熱を放出してしばらくは0℃を保持します。このように、作物の表面に水と氷が共存した状態であれば、その内部の作物体の温度は0℃近くに保たれています。作物が凍結する危険体温は作物の種類や時期で異なりますがほぼ−2℃と考えると、作物体温を0℃に維持できれば霜害は発生しないことになります。
 農家では、早めにスプリンクラ―を点検し、散水能力を3〜4mm/時間になるように調節しています。茶園では、@散水開始は茶株面が2℃に低下した時点としています。A散水量は十分に確保するとともに、散水中は散水むらや散水器具のトラブルがないよう茶園の見回りを徹底しています。B散水の停止は、茶園に陽光が射して茶株面の気温がプラスに転じて5℃程度に気温が上昇して葉面に付着した氷が溶けた時点、などの注意が必要です。



図1 散水氷結法の原理

5.凍霜害防止のための気象情報の配信
 長野県では春先の凍霜害の被害額が果樹類を中心に大きいため、凍霜害対策では翌朝の最低気温を予測することが重要な課題と考えています。このため、ALPSネット(Agricultural Local Progressive Support System Network)を日本気象協会長野支部に委託して構築し、県下211ヵ所の翌朝9時までの最低気温予測情報を農家が閲覧できる(会員登録が必要)システムを配信しています5)。同システムは、まず午前11時に最初のデータを掲載し、正午から翌日の午前9時まで1時間ごとの気温予測のデータが示されます。午後3時からは、同様のデータを1時間ごとに更新し、最新の予測値が天気予報や警報、注意報と同時に提供されます。このシステムによる得られる最低気温を予測値から、農家では凍霜害防止のための対策をいち早く実施することが出来るようになりました。

図2 長野県のALPSネットにおける最低気温の予測(ALPSネットより転載)

注)
1)なつかしい 童謡・唱歌
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/00_songs.html
2)法政大学大原社会研究所、1954年凍霜害をめぐる運動、日本労働年鑑 第28集(1956年版)
http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/rn/28/rn1956-643.html
3)倉持郁子のホームページ(TOSS三重ML)、防霜ファンを授業する
http://www.u-net.or.jp/~ikuramo/bousou1.htm
4)松下精工エンジニアリング、防霜システム事業
http://www.navec.co.jp/jigyo/boso/
5)ALPSネット、http://www.alps.pref.nagano.jp/