アメリカ東部の都市
スタジアム巡りを中心に
(2003年9月・10月)
リッチモンドからは、車で2時間くらいです。I95を北にひたすら走り、ポトマックミルズを超え、またペンタゴンを左に見ると、ワシントンD.Cが見えてきます。
そのまま行くと395ですが、途中で495周りで入ることもできます。まず最初にボルティモアに行くEXITが、次にタイソンズコーナーに行く495のEXITがあります。数回395からD.C.内に入りましたが、結局どこに出たのか定かでありません。それくらいたくさん入る道があります。ただ、ユニオン駅の近くに出たときには、大使館通りにいったん出ると大きな通りになって地図で確認しやすかったです。入り方の失敗談
今日(2003.10.26)は日曜日で、公園のあたりから太鼓この音が聞こえます。一杯の人が走っているので、マラソン大会みたいです。公園内に駐車しようとしましたが、進入禁止でした。結局目当てだったワシントン記念塔近くの駐車場はわからず、ホワイトハウスに近いホテルの駐車場を利用しましたが、一日17ドルと割高でした。

地図を参考に駐車場からホワイトハウスをぐるっと回って、陸上競技場みたいなところを横切り、ワシントン記念塔の前を通って、スミソニアン博物館に向かいました。
スミソニアンの博物館はその数がたくさんあり、今回は航空宇宙博物館狙いです。そこにはあの懐かしいアポロ13号も正面にあります(スミソニアンの地図)。


またWorld War Uコーナーでは、例の零戦も展示されています。 さらなる情報
日本との太平洋戦争を映像付きで流していますが、これはあくまでもアメリカ側の立場からのものですね。あの話題のエノラ・ゲイも探しましたが、ありません。
結局、エノラ・ゲイはダレス空港近くにできる新しい別館(Udvar- Hazy Center)に展示されるとの情報を仕入れ、後日行きました。(郵便番号からの周辺地図)

リッチモンドから行くと、I-95からI-495に乗り、さらにI-267に乗ってWESTに向かいます。それに乗ってダレス空港近くにまで行って、EXIT9で降り、28号線をSOUTHに向かうと右側にあります
ダレス空港直通なら通行料がいらない道路(toll free)がありますが、私たちは空港には行かないので、通行料tollを取られました。もう一つの行き方として、I-495からI-66に乗り、途中で28号線に降りてNORTHに向かう方法があります。Udva-
Hazy Centerの入場料は無料ですが、駐車料金は12ドル取られました。(閉館間際では無料でした。)エノラ・ゲイは真ん中あたりに展示されてあります。

これもあくまでアメリカ側の立場からの展示です。時代の流れを感じさせない光り輝く機体に、逆に違和感を感じてしまいました。その
隣に日本の紫電海とか桜花もあります。

ガイドの説明もアメリカからのものです。確かにここは航空宇宙博物館で、そのWorld War Uのブースなのですが。確かにここは宇宙航空博物館です。飛行機の作られた年代とか性能とかの説明だけでもおかしくはありません。歴史まで触れる必要はないかもしれません。しかし、エノラゲイと桜花が隣り合わせで展示されていることを日本人としてどう解釈したらいいんだろうと思いました。特に原爆記念館を見ている私としては複雑な気持ちです。やはりそれにまつわる歴史や被害にも触れて欲しいのです。ガイドが声を張り上げて説明していたその中にTOKYOという言葉が聞こえてきました。ひょっとすると、東京を空襲するまでの飛行距離に触れていたのかもしれません。
もっと詳しい情報
ここには他の日本人はみかけませんでした。アジア系の方は多くいたみたいです。またここには世界貿易センタービルとペンタゴンが同時多発テロにあった時の建物の破片も展示されています。

ワシントンD.C.は見るからに綺麗な町です。ポトマック側を挟んで、こちら側には記念塔、とスミソニアン、議事堂があり、向こう側にはケネディ元大統領も安置されているアーリントン墓地があります。
次の日はまたメトロでワシントン記念塔に行きました。着くと、午前中の券は残っていないようで昼からの便にしました。(後で2回行きましたがもう残っておらず、やはり朝並ばなければ手に入らないみたいです。)
その空いた時間に国立自然史博物館に行きました。
入るとまずマンモスが迎えてくれ、さらに右手には恐竜の展示があります。

これには子どんは喜ぶでしょう。さらに2階には数限りない宝石が展示されてあります。

話題のホープダイヤモンドもあります。
しかし、それ以外のおびただしい数の宝石類の方が目を奪います。1時間半くらいで見物を終えて、またワシントン記念塔に向かいました。
ここはチェックが厳しいのです。エレベータを昇ると、展望室があります。窓も小さく、覗くには順番を待たなければいけません。また通路も狭いので、人に気を遣いました。ポトマックリバーには氷が張っていて冬さながらの光景です。しかしここからはまったく趣を異にした四方からの景色が楽しめます。


この後、買い物をしてD.C.を後にしたのですが、リッチモンドに着く前で大雪になり、たどり着くまで苦労しました。こんな時には、天気予報に注意し、早めに帰宅した方が無難です。
他にもポトマックミルズを渡らない側にも綺麗な町があります。

実はEXITを間違って、Fall Chirchというところに入り込んでしまいましたがが、雪化粧も手伝ってたいへん綺麗でした。
2004.2.29にはエンバシー通りとジョージタウンを歩いてみました。色とりどりの国旗がかかっており、また建物もそれぞれ趣があって面白いです。特にイスラムのモスク調の建物が気に入りました。

日本大使館はそれよりも少しダウンタウン寄りにあります。
あいにく日曜なので閉まっていましたが。

ジョージタウンは大変なにぎわいでした。おしゃれな店とレストランがたくさんありそうです。
さらに桜祭りの時(2004.3.27,28)にも行ってきました。昼から出たのでSheraton
Arlingtonホテルに着いてからメトロで行きました。夕刻の桜を見てきましたが、桜はタイダルベイスンとポトマック公園あたりが綺麗です。


フォギーボトムで下りて南に歩きました。するとまずリンカーン記念館が見えてきました。リンカーンの像を見て、さらに南東にかなり歩くと桜が見えてきました。祭りの最中だけあって大変な混雑でした。ジェファーソン記念館が向こうに見えます。

タイダルベイスンを半周してスミソニアンの地下鉄駅に向かい、また例の蟹のダンシングクラブに行きました。
その帰りにもまた夜のライトアップされたリンカーン記念館を見ようと思いました。

しかし夜の歩きは危険です。治安はともかく、横断歩道でも車が急カーブしてくるので危ないのです。夜の歩きは避けた方がいいと思いました。
実は2003年9月の初旬にボルティモアに行った帰りにもワシントンD.Cに立ち寄ったのですが、ダウンタウンから人家の方に入ると、どちらかといえば黒人の姿の方が多かったように思えました。
他にも2004年5月にスパイ博物館というところに行ってきました。ここはスミソニアンと違って有料ですが、結構おもしろいものがあります。冷戦時代に米ソが智恵を競い合った品々が陳列されてあります。ペンや杖に隠し持った銃とか、靴の裏にしのばせたものとか、興味深いものです。私は、なにげなく写真を撮っていたのですが、係員が寄ってきてカメラを出せと言います。
確かに切符の禁止事項の中には記載されてあるようですが。そんなものいちいち読めません。結局写真は撮れずじまいでした。みなさん気をつけましょう。
ボルティモアで有名なのはインナーハーバーです。ここは野球もフットボール場もありますが、比較的田舎らしい町です。リッチモンドからもっとも近い大リーグチームがこのボルティモアオリオールズですね。随分昔の話ですが、巨人に鳴り物入りで入って、鳴かず飛ばずだったジョンソンもこのオリオールズ出身でした。その苦労が実ったのか、後に監督としては大いに活躍しましたが。
球場が近くなると急に車が混みはじめました。球場には駐車場ももちろんありますが、近くにホテルを取ったのでそこにたどり着きたいのです。しかし、一方通行でなかなかたどり着けません。着いたホテルはHolliday
Innです。ここからは球場には歩いて行けるし、夜帰るのも安心でした。
ホテルから眺めたボルティモアの朝の風景

インターネットで予約したホテル代は145ドルでした。ちなみに駐車料金は14ドル。すぐそこにカムデンヤード(Camden Yards)が見えます。


この球場は大リーグ広しと言えども、美しさで言えばいつも1番か2番にあげられる球場です。真っ先に目についたのが、ライトスタンド後方にある屋外レストランみたいな席でした。

また現在球団事務所になっている倉庫との間にもフードやおみやげ店があります。
Will Callという方法を使ったので、そのブースに行って券と引き替えました。身分証明書(パスポートあるいはアメリカの運転免許証)が求められます。また球場に入るとこれまたすごい。一番驚いたのは、階を上がる方法が4通りあることです。エスカレータ、エレベータ、普通の階段、車いす用のスロートです。誰でも楽しめるように構造が考えられてります。ここの好物はなんと言ってもクラブサンド(蟹サンド)です。これが10ドルしますが、値段に負けないくらい肉が入っています。ホットドッグもありますが、自分でケチャップとカラシを付けて下さい。
ATMもありますし、おみやげグッズも多く、その面では楽しめます。しかし、肝心かなめのチームは強くないし、試合内容もそれに従って面白くありませんでした。イチローを見るために来たのですが、あいにくイチローには元気がなく、しかもオリオールズも弱いのでは、興味は半減でした。しかし、試合が終わっても、家族同士とか、友達同士で談笑する光景があちこちで見られ、これがこの球場の持ち味なんだなと実感。カムデンヤードは、まさに同窓会会場でした。たとえ試合が面白くなくとも、球友(旧友)に会えるだけで満足なのでしょう。その日も、試合前にカールリプケンを招いての表彰式がありました。いまだに集客方法がカールリプケン頼みではお寒い状況です。チームを強くして、本当の盛り上がりを期待したいですね。(今回のシーズンオフには随分補強をしたみたいで2004は期待します。)
翌日は、インナーハーバーに行ってきました。ここは結構楽しめます。たとえば子ども連れなら水族館もいいでしょう。付いていく大人は17ドルしますが。

ここには世界でも珍しいタツノオトシゴがいます。またここの水族館は、チェサピーク湾に入り江が多いことを基にした説明がなされてあります。
またウオータータクシー(大人6ドル 子ども3ドル)があって、好きな場所に行けます。たまたま客が私たち家族だけだったので、見物に沖まで船を出してくれました。


こんなサービス精神もアメリカならではです。またおっちゃんのパフォーマンスもgoodでした。でも一番良いのは、ハーバー近くの2階のレストランで海を眺めながらの食事ではないでしょうか。これは落ち着きますよ。タイ料理もおいしかったし、また一階にはクラブの食べ放題の店がありました。大人一人33ドルでしたか?それに飽きたら近辺のおみやげ店で買い物です。ここにもオリオールズショップがあり、カムデンヤードの陶器が39ドルで売ってありました。私は迷わず買いましたが、後に同じものをノーフォークのグッズ店で28ドルで見つける、という悔しい思いをしました。 さらなる情報
ニューヨークまではリッチモンドから車で6〜7時間くらいかかると聞きました。私はアムトラックで6時間くらいでたどり着きました。リッチモンドのアムトラックはSteplemilsという通りにあります。元はダウンタウンにあったのですが、あまりに治安が悪いのでこのNorthまで移動したそうです。ニューヨークのペンステーションまで大人100ドル近く、子どもは半額くらいでした。行きと帰りの値段が違う理由はわかりませんが、おそらく行きはReservedで帰りがUnreservedなのでしょう。朝の7時半くらいに出発して、昼の1時45分に到着予定の便でした。家内に駅まで送ってもらいました。タクシーで行ってもいいのですが、イエローキャブはリッチモンドにはなさそうなので。
リッチモンドからワシントンD.Cまではのんびり走るのに比べ、ワシントンD.Cからニューヨークまでは快適です。
朝はみんなモーニングを食堂から買って食べてました。ワシントンD.Cに着いたときには、いったん全体が停電みたいになって、再び動き出すのが信じられない雰囲気になりました。座席指定を買ったのですが、座席番号は書いていません。座ったところが座席指定となり、座席の上側に車掌が目印の紙を置いていきます。だから勝手に席を変えると注意されます。社内は多少暗いので、個人用の電気を付けなくてはいけません。途中でデラウェアでしょうか、海、湾も見えてきました。

ニューヨークには、マジソンスクエアーガーデンの地下にあるペンステーションという駅に着きます。


出たときには感激でした。人の行き交うのがいかにも都会らしいのですが、リッチモンドと比べていかにも混雑しています。息子は通行人がみんなスリに見えると恐れていました。
「都会は危ない」と脅かし過ぎたたのが悪かったみたいです。ホテルはホテルグランドユニオンというところで、エンパイアステートビル方向に歩いていけばあります。これがあの映画でキングコングが登ったというエンパイアステートビルかと思うと感動でした。

少し路地に入ったところにホテルはありました。インターネットで頼んでおいて、143ドルでした。ホテルマンは、ヒスパニック系の方で親切でした。黒っぽい部屋で、ツウィンベットにシャワーが付いています。予約の際には、夜6時以降の到着だとキャンセルされる可能性があり、それを避けるためにはカード番号をあらかじめ教えてくれとのメールが来ました。

地球の歩き方では、大リーグ観戦に便利なホテルという鳴り物入りでしたが、実際には球場に着くまで苦労しました。ホテルマンに聞きましたが、聞き取り能力の乏しさで泣くことになります。途中まで6番線で、それから4と書いてくれたのですが、それがグランドユニオン駅での乗り換えを意味すると気づいたのは後のことです。ホテルの近くには6番線の駅(33th
street)しかありません。それは各駅停車で、最終的にはブロンクス方面行きです。乗っていると、確かにアップタウン(uptown)の方向に向かうので乗り換えなくとも行けるものと思えました。途中で馬のぬいぐるみを腰に付けた黒人が踊りだし、乗客も笑って良いいやら迷っていました。そこまでは安泰でしたが、ヤンキーススタジアムに近づいたところで、ブロンクスの方に曲がってしまいました。最低でも125番ストリート駅で乗り換えなければいけなかったのです。そのためには、一番便利なグランドユニオン駅で乗り換えろと教えてくれたのだと後でわかりました。だからこそ最初に地下鉄のマップを手に入れるべきでした。観光案内には必ずそう書いてあります。
マップには、何番線がどの駅に停車するかまで詳しく書いてあるからです。それは大切な情報です。間違いに気づいたのは、駅の雰囲気が違ってきて、聞きなれない駅名が現れた時でした。そこであわてて降りてしまいました。外に出ましたが、周り全部が黄色の色合いで、不気味なのですぐにまた駅構内に引き返しました。駅で待っている乗客も、飲んだくれか、意識もうつろな人ばかりです。えらいところに降りてしまったと。そこ駅員にヤンキースタジアムに行きたいがと尋ねると、答えてくれるのですが聞き取れません。泣きつくように頼んでいると、偶然若い警官が近寄ってきました。駅員はその警官に何か言って、その警官は自分が連れて行ってやるからそこに座っていろ(sit
down)と言います。マップで行き方を教えてくれました。拳銃やら棒やら、手帳やら腰にたくさんのものを巻いて、いかにも重そうでした。まず引き返しの列車のある駅まで進んで、それからヤンキースタジアムに行ける4番線の通っているところまで付いて来てくれました。「ここからはわかる」と言いましたが、こちらがあまりに頼りなく見えたのか、「そこまで付いていってやる」と言ってくれました。ありがたい助けでした。地下から上がるとスタジアムが突如見えて来ました。4時の試合開始でしたが、スタジアムに着いたのは、2回の攻撃がはじまったところでした。

しかし、それからは堪能できました。もう地区優勝も決まっており、興ざめのするところですが、なんと言ってもあの伝統のヤンキースタジアムです。タイラーボックス席で、松井を目の前に見られます。同じような席がカムデンヤードでは18ドルでしたが、ここでは33ドルでした。この券もインターネットで購入しましたが、Will Ticketではなく、直接郵送で購入しました。しかし遡って語ると、実は私のaolのアドレスでは受け付けてもらえませんでした。どうも元々日本で契約したメールアドレスなので、アメリカの住人と認識できないらしいのです。そこで次に大学のメールアドレスですると今度は成功しました。チケットの取り方はヤンキースが一番面倒だったと思います。どの球場のチケットも同じですが、不法アクセスを防ぐためか、歪んだ文字を認識させられます。それから2分以内にその画面の記入を完了させなければなりません。私の電話回線では結構遅いのです。カードのところで認識してもらえず、何回も時間切れになりました。何とかならないものかと願いたいところです。チケットは48時間以内に着くとふれこみでしたが、それも嘘で、2週間くらい経っても届きません。届いたのは出発する2,3日前でした。さすがに焦りました。早めに頼んだ方が無難です。
確かにヤンキースタジアムは2階席が前に出ているので見やすいのです。しかし通路が細くて歩きにくく、しかも座席も狭く食べ物や飲み物を運びにくいのです。幸い客が少なく不自由さを感じませんでした。あまり客が並んでいないフードで巻きずし風のものと焼きうどん風のものを買いましたが、これが結構うまいのです。寿司はもう一回買いに行ったがありませんでした。お客の乗りはやはりヤンキースタジアムです。みんなチャンスには体を乗り出します。しかし係員の接客態度はよくありません。入場の時に、バッグの中を調べられたが、終わるとtake it outと強く言われました。「持って行け」ということでしょうか。さらに帰り際、おみやげを買おうとしたが、「門を閉めるので早く買え」と焦らされました。何という接客態度でしょう。オリオールズはもっと客を大切にしてくれたのに。その代わり弱いけど。チームが強くなると殿様商売になるのでしょうか。それでも息子はヤンキースタジアムでおみやげを買うことに意味があると言い、近くの土産物屋で松井の首振り人形を購入しました。私もミニサイズのヤンキースタジアム陶器を購入しました。帰りの地下鉄は野球帰りの人たちばかりなので安心です。もよりの駅からも、人が多かったので比較的安心でした。今度はグランドユニオン駅で乗り換えました。近くにコーリアンのコンビニがあったので、ビールとコーラを買って息子と観戦終了の祝杯をあげました。
翌日はあいにくの雨でした。南に6番線メトロで下りましたが、また降りる駅を間違えて、ブルックリンまで行ってしまいました。途中でWall
Streetというアナウンスがあり、聞いた名前だなと思うと、よく考えるとあの世界大恐慌のWall
Streetでした。こんなに狭いところに、世界の歴史を変えるような箇所がたくさんあるなんて不思議な感じです。本当は9番線に乗ると終点で降りれば目的地なのですが。やっとボーディンググリーンという所に引き返して、歩いてバッテリー公園にたどり着きました。傘を途中で買って海の方に向かって歩くとサウスフェリーの乗り場があります。スタティン島行きのフェリーに乗れば、ただできれいな景色が見られると友達から教えてもらいましたが、かなりWEST方向にあり、着いたらあいにく今出たばかりで時間もないので諦めました。自由の女神は陸からも見えました。

後にこのフェリーが接岸に失敗して10人くらい死亡したという事件もありましたね。それからグラウンドゼロにも行ってきました。

フェリー乗り場から、5ブロック上に行くとあります。途中に警官がたくさん立っていました。場所を聞きましたがあまり愛想がよくありません。金網越しに中が見えますが、現在内部は工事中です。雨の煙るあいにくの日でしたが、壁には犠牲者の肉親からの書き置きがたくさんあります。そこで黙祷をして帰りました。
後にグランドセントラル駅に帰って、紀伊国屋に向かいました。日本の本を買いたかったのですが、1600円くらいの本が、25ドル、3400円くらいの辞書が49ドルもしました。でも中身を調べて買える点はお得です。ここで少々高くても買うか、それとも遅くて内容もわからないが、通信販売で買うか迷うところです。ただ店内にある喫茶店で飲んだコーヒーとサンドイッチはまさに日本の味がして生き返りました。息子は後でニューヨーク市立美術館近くのbook
offに行きました。そこで「亀有派出所」を買って帰りました。その間、私は近辺をぐるぐると回り、タイムズスクエアーとかも見てきました。

その近辺には、ヤンキースとかメッツのショップもあります。ニューヨークは碁盤の目のようで、番号通りに通りが並んでいますので、場所を見つけやすいですね。
ニューヨークを歩いていると、いたるところで見たことや聞いたことのある地名が出てきます。さすがに大都会です。夜のエンパイアもよかったし、夜光る教会も素敵でした。
アムトラックは相変わらず帰りも恐怖でした。午後3時5分発でリッチモンドには9時10分着の列車です。出発間近になっても、どのホームから列車が出発するかわからないとの噂でしたが、まさにその通りです。さすがに焦りました。そして5分くらい前にやっと掲示板にホーム番号が出るやいなや、どどっとその方向に客が動きます。その流れに乗っていくと列車がそこにあると言った感じです。でもそれからがたいへん。行きと同じくワシントンD.Cまでは快適でした。ところがD.C.に着いて大半の乗客が降りた途端真っ暗。本当に再び動きだすのか不安になりました。動き出したものの、また途中で訳のわからない停車の連続、説明もありません。他の乗客もどうしたんだと不安の色です。電話をかけようとしましたが、そのかけ方もよくわかりません。都合が悪くなると、乗員も回ってきません。結局1時間半遅れで、また駅からの公共交通機関がありませんので迎える側もたいへんです。こんなのが常識なのでしょうね。苦労もありましたが、大都会を目の当たりにでき、それと親切な警官のお陰でニューヨークが大好きになりました。(2回目のニューヨークの旅へ)
(3回目のニューヨークおよびボストンの旅へ)
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