参加と発言

    1. やまぐち ミ・リオ フォーラム
    2. 日本社会分析学会
    3. 国際ウォーターフロント都市会議
    4. 新世紀むらづくりプラザ・インやまぐち
    5. 地域のブランド化研究会
    6. 中山間地域研究会1
    7. 国土庁中山間地域問題懇談会
    8. 広島県豊栄町
    9. 中国地方ダム等管理フォローアップ
    10. 静岡県伊東市
    11. 生きがいと社会活動調査研究会1
    12. 中山間地域研究会2
    13. ふるさとづくりリーダー
    14. 全国棚田(千枚田)サミット
    15. 多元的社会サービス研究会
    16. 山口県油谷町
    17. 生きがいと社会活動調査研究会2
    18. 電源開発地域セミナー
    19. 山口県むつみ村


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    1996年7月6日 やまぐち ミ・リオ フォーラム: 川の日によせて ニューメディアプラザ山口

中原中也記念館の福田百合子さんの「川は生きている:中也とふしの川と私」と題した講演を聞いた後、パネルディスカッションを行いました。 上流からは、山本繁正さん(仁保自治会長)が、「近代的田舎社会」をめざし、2、3年前から発想を変えて、ふるさとの原点を見直す運動を起こしたことの報告を行なった。特に「きれいな川」が宝という気持ちは住民に共通しており、アユの放流、ホタル祭り、川で行なう小学校の終業式などといった新しい動きが出てきた。そのうち、集落排水事業という難しい課題が出てきたが、一人暮らしの老人や老夫婦だけの家族まで、「川の水はきれいにせにゃいけん」といって、今年4月8日に合意が成立した。ここではまだカジカがたくさん鳴いているので、これからは日本一のカジカの里づくりをしてみたい。 中流からは、島添美葉子さん(消費生活アドバイザー)がリサイクル運動と水環境汚染の問題についての落とし穴を提起。カンや瓶の分別収集は、当然のこととしてそれらを水で洗い流すという作業を含んでいるが、それが水質を悪化させることになっていると指摘。私たちが「台所から先は?」「家から先は?」、「町から先は?」と常に発想を遠くにまで広げると同時に、「遊びたい川」、「見つめ続けたい川」、「あこがれの川」が、実は「台所や風呂や便所から流した水」とつながっているという認識を深める必要性を説いた。  下流からは内藤幸一郎さん(山口ヨットクラブ)が、いつも河口の海でヨットを楽しんでいる者からみれば、1985年以降ふしの川の水はきれいになった。それまでは、ながれよるゴミを燃やすのが遊ぶ前の仕事だった。今では東京や大阪からヨット仲間がやってきて、うらやましそうに「水がきれいだなあ」という。醤油やコーヒーを流したような海で遊ばなければならない都市の住民からみれば本当にうらやましいものだろう。これからは塩田跡地に運河をひいて、ヨットハーバーを作り、そこに環境を汚さないウォーターフロント開発をする企画を作ってみたい。 中村幸子さん(熊本の川を語る女性の会)は、熊本で女性の視点から「危ない川、子供を連れていけない川」でなくする活動を報告。熊本県にはさまざまな川があり、豊かな水を恵んでいるが、同時に暴れて洪水も引き起こす。人々は歴史的にさまざまな工夫を凝らして、川とともに生きてきた。その思いを今に、女性の目を通してビジュアルに捉え、語り掛けている。「くまもとの川と道を考える情報誌 Hand to Land」を発刊。

私からのコメント。川は人々の原風景。「村おこし・町づくり」から「村残し・町づかい」とでも言い換えた方がいい時代を迎えているが、その中で川を残し、使う発想を育む必要がある。川を「いつか、どこかで、だれかが」きれいにしてくれるものだ、治めてくれるものだという発想で捉える限り、いつまでも川は私たちに背を向けたものとなってしまう。「いま、ここで、わたしが」きれいにしよう、治めようという発想で関わる時、川は宝となり、さまざまな恵みをもたらしてくれるものとなる。上流の人と中流の人と下流の人が、ともに川への思いを語り合い、共有する活動を始めよう。 参考資料:山口県土木建築部砂防課編「渓流再発見椹野川ウォッチング」 参考活動:一の坂川見学会、椹野川を語る会、水辺の教室、ダム探検隊、ヨット教室など


1996年7月13日14日 社会分析研究会(日本社会分析学会に改称) 山口県立大学

私の編集責任で機関誌「社会分析」で福祉を特集することになった。会員に原稿を募集中。

1996年7月20日 KRY山口放送開局40周年記念報道番組「おいでメッセアジア」 下関市・海峡メッセ下関・野外スタジオ

井上雪彦・向田好美アナウンサーとタレントの西村知美と一緒に出演。下関市にできた県の施設「海峡メッセ下関」のオープニングに合わせて、中国・韓国・香港などの取材ビデオを見ながら、コメントをつけた。海峡メッセ下関は、タワーを持っており、それは「この指とまれ」といっているようだ。市民やアジアの人々が、「遊ぼう」といってこの指にとまってほしい。



1996年7月27日28日 国際ウォーターフロント都市会議 海峡メッセ下関国際会議場

広中平祐山口大学学長の記念講演: 「とどまるもの・とどこおるもの・のこるものVS流れるもの・変化するもの」の文化的アンチノミーと、それを見据えた下関の工夫を期待。

渡辺利夫東京工業大学教授の基調講演: 現在アトランティック・エコノミーが停滞し、パシフィック・エコノミーが発展している。1960年代後半には韓国・台湾・香港・シンガポールが発展。1970年代後半にはタイ・マレーシア・インドネシア・フィリッピンが発展。1981年には太平洋の貿易額が大西洋の貿易額を凌駕し、1992年には太平洋の貿易額は大西洋の 1.8倍になり、1994年には2倍になっている。この変化に対して、アメリカのクリントン大統領は1993年シアトルで開かれたAPECの会合で「アメリカは太平洋国家である」と発言。急速な東アジアの発展は「熟練労働者の形成」、「能力の高い企業経営者の存在」、「強い権力と権威を持った官僚の存在」によるところが大きい。1980年代には日本効果といえる円高が東アジアの経済力を浮揚する機能を果たしたが、1990年代は全く日本効果はなくなり、東アジアの自己循環機構が動き出している。それを牽引しているのは華人経済である。しかしなお日米経済と東アジア経済の関係は強く大きい。今後高度技術の移転などをめぐっての関係はより強く求められることになる。こうした背景のもとで「顔の見える交流を都市間で行なう」ことが求められている。

金日坤 釜山発展研究院長 王涛 青島市政策研究室処長 Puah, Benson T.S. General Manager, Sentosa Development Corporation 江島潔 下関市長 4氏による各都市のウォーターフロント開発計画についてのプレゼンテーション

渡辺利夫教授をコーディネーターとし、杜進北九州大学助教授をコメテーターとするパネルディスカッション

杜進助教授のコメント: ウォーターフロント開発といっても、経済発展の局面が違い、地理的・歴史的経緯が違い、国の制度が違う。いったい経済交流は誰も者なのか。商業ベースにのるものだけの交流か。非効率的な公共財の面での交流はないのか。もっと問題点を共有する交流を考えよう。 渡辺利夫教授のまとめ: 共通テーマの発掘と海洋世界のネットワークの再認識そして地方と地方が結びつく交流へ向かおう。

Dr. Suwarnarat, Ksemsan Deputy Director General of Policy and Planning Department Bangkok Metropolitan Administration. Thailand Mr. Marshall, Patrick N. Director of Property and Economic Development District of Campbell River. Canada Mr. Hekkers, Jim Vice President of External Affairs Monterey Bay Aquarium. USA 片野清次 下関21世紀協会理事長 4氏によるプレゼンテーション

田中弥生笹川平和財団副主任研究員をコーディネーターとする以上4氏を交えたパネル・ディスカッションにコメンテーターとして参加。

私のコメント: 広中学長のいった「流れるもの・変化するものVSとどまるもの・残るもの」という問題は、バンコックにおいては「都市化と伝統的な文化遺産や市民生活」、キャンベル・リバーでは「科学と文化」、モントレーでは「観光と環境」、下関市では「開発と景観」として認識されていた。これを解くヒントは、行政計画、TEAM(みんなそれぞれやろうよもっともっと)、NPO、共有できるコンセプトづくりなどといった言葉に秘められている。一見二律背反する課題を解決するのは、協働コラボレーションであろう。では、どのようにすれば協働が可能なのか。行政から、ビジネスから、あるいはNPOから始めるのかは、選択の問題であるが、いずれにしてもお互いに金と知恵と時間をささげるという姿勢が求められる。その協働のネットワークは、狭い市域内にとどまらない。海峡を挿んで、他の県や国と結ぶ時代。具体的な課題を掲げよう。たとえば海洋ミチゲーション技術の開発を進めよう。

渡辺利夫教授をコーディネーターとして、杜進助教授、江島潔市長、田中弥生研究員、金日坤所長らのパネルディシカッションにパネリストとして参加。

私の提言: 私たちは風または虫、下関市民が草や木。この両者が交流して花が開き、実を結ぶ。地元からもっと参加するプログラムを作り出してほしい。まだまだ下関市には宝がある。たとえばコリアタウン・水産大学校・造船会社・大学などなど。それをいかすには、住民自らが交流に取り組む他ない。

参考資料: 財団法人下関21世紀協会編、1995年、しものせき21:創立10周年記念特集号 田中弥生、1996年、地域づくりにおけるタイの非営利組織:行政・企業・非営利組織の協働とインターメディアリ機能 Economic Development Association Of British Columbia, 1996, British Columbia EDGE A Canadian Business Media Ltd., 1996, Canada & The Global Marketplace: Communities of Excellence District of Campbell River, 1997, Campbell River: Enriched by Land and Sea District of Campbell River, The First 10 Reasons for Growing your Business in Campbel River.




1996年8月1日 新世紀むらづくりプラザ・インやまぐちU 山口県婦人教育文化会館

井尻千男氏(日本経済新聞社編集局文化部編集委員) 「21世紀のむらづくりを考える:小さなまち・むらこそ主役の時代」

 ふるさとアイデンティティがあっての国際化・隣の人と異国の人との距離がなくなる時代における隣人の重要性を考えるべき。  「文化としての農」という概念。生命系産業の教育効果、社会資本、景観、酸素供給産業としての意味。  住民の自画像としての都市。公共スペースは公共意識のシンボル。経済活力も美意識も都市をみればわかる。都市の背後には農村があり、美しい町は美しい農村と一体のものである。農政が失敗すると都市は荒廃する。半径15キロ以内の経済力こそ重要。イタリアの町でレストランの親父に聞くと、ワインは祖母の里から、チーズは嫁の里から仕入れているという「ゴッドファーザーの経済」が健在。これが景気変動に強い経済の秘密。ボーダーレス経済と地域経済と家庭経済のバランスをとるのが政治家の使命ではないか。また住民は「安ければよい」といった考えではなく、高い賃金とふるさと愛を自慢する意識がなければいけない。  大きな都市の中心部も小さな町の中心部も要素は変わらず、むしろ美しいのは小さな町の中心部。ここは自分の姿を人に見せるだけでなく、人から見られる場所でもある。人口10万程度の町を整備するのは「大内の殿様方式」ではないか。その中心に若い男女のロマンスが生まれる五百メートルの町並みから作り出すべき。お洒落をして歩けるスポットがたくさんある町にする必要がある。そうした町の中心地を農村と共有する町でなければならない。

パネル・ディスカッション「21世紀のむらづくりを考える:むらづくりをどう進めるか」

国元展子(周東町川越地区の山口県農家生活改善士・廃校を利用した留学生のための日本語学校・ここの第1期生が私の研究室で学んでいる) 田辺潤一郎(三隅町上地区のむらづくり活動家・廃校をきっかけにむらづくりを展開・平成7年度全国豊かなむらづくり天皇杯受賞) 高野芳治(菊川町で14町の米と施設園芸) 徳永豊(熊毛町でグリーンツーリズムを推進・森林インストラクチュアー) 河野輝枝(県婦人教育文化会館理事長) 古屋隆司(山口県商工会連合会広域指導センター次長) 井尻千男(前出) みんなの意見を聞きながら、私がコーディネート。

 出番を待っている住民がいる。婦人・若者。ちょっとしたきっかけで活動し始める。こうした主人公の登用策が必要。特に「子供」をむらという舞台に登場させる演出をしてみよう。 これまでの生活環境診断に欠けていた要素として「音の風景」をとりいれてみよう。音の風景が騒音公害という都市的状況、蛙の声、せせらぎの音、せみの声を騒音と感じる状況を、いかに解決するかが、グリーン・ツーリズムを考える時の農村の生活環境整備の課題になるだろう。 同じ考えを持った人々だけの会を止めて、いろいろな考えを持った人々の意見を交換する会を続けて欲しい。


1996年8月2日 地域のブランド化研究会 むつみ村商工会

吉井純起(ヨシイ・デザイン・ワークス) 中山善照(CICプランニング・オフィス) 矢次茂(むつみ村商工会会長) 吉松利之(むつみ村商工会理事) 山本英昭(むつみ村企画調整課長) 大田道洋(写真家) 中原泰芝(むつみ村商工会経営指導員) 古屋隆司(山口県商工会連合会広域指導センター所長) 私は研究会長として参加発言。

地域のCIとか、地域のブランド化が重要になってきた時代である。商品の付加価値を高めるためにも、その商品の生まれてきた場所に因んだ人々の活動に注目しなければならない。住民自身が自分たちの活動であるという認識をもち、他所の人々からもこの活動は「むつみ村」の活動であるといえるようにする総合的な演出計画が必要である。 しかし現状では、「むつみ村」という行政村は、「陽だまりの里」であるとか、「有機の里」であるとか、「ヘルス・パイオニアの町」であるとかいったキャッチフレーズが、それぞれの所管によって、ばらばらに使われている状況にある。「千石台の大根」、「高俣のトマト」、「こぶしサミット」、「ひまわりロード」などがむつみ村という統一イメージに結びつかない状況にある。 これはCI導入以前の段階である。これにどのような人々の活動が組まれて、CIを確立していくことになるのかが問われている。 したがって、少なくとも行政や経済団体全体を巻き込んだ意思統一を図るための作業(たとえば委員会、共催の講演会など)を組むことと、具体的作業を進める人材募集が必要になる。さらにこうした動きを支える議会の体制づくり、マスコミなどを利用した情宣活動などを行なわなければならない。


1986年8月6日 農政調査委員会 中山間地域研究会 東京

中山間地域を対象にした農政の展開は、特定農山村法にみられるような融資政策の段階を越えて、いわゆる所得補償政策の確立にむけての論議に入っている。国際的に農業政策は価格維持政策といわれるような市場経済における自由競争原理をゆがめる政策を転換しようという傾向にある。農業が価格の自由競争を原則とする市場にゆだねられるとすれば、今まで価格補償(食糧自給の原則に伴うものであれ、輸出促進の原則に伴うものであれ)によって支えられてきた農家経営が再編されなくてはならないが、それを放置しておくと、農業という形で、農村に定住して国土管理をしてきた人々が農業・農村を離れ、国土が荒れるおそれが出てくる。そこでこれまで抱き合わせになっていた産業政策と社会政策を、それぞれに分化させることが必要になってくる。これをデカップリングつまりカップルの解消政策と呼んでいる。その産業政策と社会政策の抱き合わせ解消は、一方の産業政策においては市場開放・自由貿易ということになるが、他方の社会政策ではどのような政策にするのかが、明確にはなっていない。ヨーロッパでは直接所得補償という政策がとられ、農村、特に条件不利地域といわれるような地域に残って農業を営む人々には、国土保全・環境保全事業を担っていると位置づけて、所得補償を行っている。しかし日本ではこうした所得補償を産業省のひとつとしての農林水産省の仕事として位置づけることの難しさもあって、むしろ間接的な所得補償政策が模索されている。中山間地域の市町村では、剛を煮やして、独自の所得補償を工夫するところもでているが、なかなか制度的にも、財政的にも厳しい状況が続いている。そこで同じ悩みを持つ市町村が連絡協議会を結成して、政策を提言する動きも出ている。また当初所得補償政策に消極的だった都道府県も、最近ではむしろ知事会を通じて、所得補償政策の導入を国に陳情するまでになっている。だが、なお国のガードは堅い。こうした状況を踏まえて、今年は県のレベルの中山間地域対策とその実施市町村レベルの状況を調査することにした。


1986年8月7日 国土庁中山間地域問題懇談会 東京

中山間地域は、過疎地域といわれてきた行政上の指定市町村と重なる部分が大きい。国土庁過疎対策室では、地歩振興局局長を交えた懇談会を設置している。国土庁ではポスト四全総で、中山間地域を「多自然居住地域」という概念でとらえようとしているが、これには、これまでのように農林業を主幹産業とするが都市との生活格差があって、人口流出が激しい地域には財政的な支援を通じて格差是正をしていかなければならないという政策の組立方に変化が生じていることを意味しているようである。むしろ格差是正のための政策というよりは、中山間地域資源の積極的活用政策にシフトして、広域的連携、交流の多面的拡大、産業の新しい展開を目指そうとしている。だが、こうした転換に際して、既存集落整備をどうするのかという課題が提起されている。一方に末端集落の移転促進政策があり、その根拠として今のままではシビル・ミニマムを維持できなくなるという危機感と、行政効率の問題が認識されている。しかし他方では末端集落積極的維持補強政策があり、末端集落がある限り中心集落が踏みとどまれるという根拠が認識されている。その中間に集落問題については、自然の推移に任せる方がよいという意見もある。これらの論議は、集落の公益的機能、集落に済む人々の公益的活動の評価に密接な関係がある。こうした点については、検討を深めなければならない。


1996年8月8日 広島県豊栄町に対する都市と農村の交流についての助言 広島市

豊栄町では都市と農村の交流で地域振興を図りたいという希望がある。すでに観光農園や観光馬場などがあるが、これからの交流についての取り組みについての協議。イギリスやアメリカでは「馬道」整備が行われていること、アメリカではファクトリー・アウトレットという衣料品や生活雑貨のメーカーの倉庫が在庫処分をするという機能を集積させた街が人気を博しているということを紹介した。


1996年8月8日 建設省中国地方建設局中国地方ダム等管理フォローアップ委員会 広島市

河川にダムを造ることが、今、改めて問い直されているが、これから造るダムだけの問題だけでなく、現在華道しているダムの管理についても、その洪水調整実績、環境への影響などの調査結果を公表して、その検討を行うことが必要とされ、活動が始まっている。


1996年8月21日22日 静岡県伊東市の福祉事情聞き取り 伊東市

伊東市は、古くから温泉のある気候温暖な土地として注目を浴びてきた。こうした土地は、アメリカならば退職者コミュニティといわれる高齢化した人々の住まう町になることは珍しくない。だが日本ではまだこうした意味での本格的な退職者コミュニティといわれる地域社会は無いと言って良いだろう。聖隷の園というキリスト教関係の団体が開設した有料老人ホームがあって、これを退職者コミュニティということもある。伊東市にもこの施設はあるが、自治体としての退職者コミュニティということではない。 確かに伊東市には東京などからかなりの人々が別荘地を買い求めて住まうようになっており、老後は老夫婦だけでその別荘を終の棲家として定住するつもりになった人々が多くなっている。しかしこの地を訪問して、市役所や特別養護老人ホームで話を聞いて、改めて日本における人口高齢化対策はずいぶん後回しにされてきたのだなあということを痛感した。 まず鉄道の駅の段差やエレベーターなどの設置状況、あるいは特急券の買い求めが難しいことなど、高齢者にとってみれば、決して好ましい生活環境になっていない。別荘地もお互いに近隣関係を取り結ぶような状況にはなっておらず、通常いわれているような地域福祉を進めるような条件が整っていない。市役所の公的福祉の面での取り組みを聞いても、全体として伊東市は、観光以外にこれといった産業がないために固定資産税収入を増やすための別荘地開発といった政策にとどまっていたようである。しかし人口高齢化は、ひとつには観光産業に従事してきた女性たちの老後問題としても現れている。彼女たちは独身女性が多く、都心部のアパートなどに住んでいるが、都市再開発などの波に洗われて、住む場所を追われるような自体が生じている。これに対してシルバーハウジングのような市営住宅を用意することもできず、軽費老人ホームやケアハウスという福祉施設を用意することもままならない状態にある。デイサービスや老人保健施設の設置についても、十分な提供ができずにいる。国立温泉病院といった病院体制に依存しきってきた医療環境の弱さが、こうした面での取り組みを遅らせた要因にもなっているようである。また別荘地の住民たちは、警備保障会社との契約で、自分たちの緊急時の対応を自衛している人も多く、中には老後の生活の不安を感じて、再び福祉サービスの整った町を探して移ろうという動きも出ているようである。別荘地の中に立地している聖隷の園系の特別養護老人ホームを訪問していろいろと話を聞いてみたが、地域社会の中での拠点施設としての機能強化にはなかなか拡大できない業界バランスの問題があるようで、むしろ公的介護保険の導入と、競争原理の導入を待ち望んでいる様子がうかがえた。 統計的には、高齢者人口の流入が見られた伊東市ではあるが、ここは高齢者にとって終の棲家になりうる所ではなく、アメリカでいわれるような「高齢者は3度移動する。最初はアメニティを求めて、2回目は医療などの利便を求めて、そして3回目はナーシングホームを求めて」という命題が当てはまる仮住まいの地域でしかなかった。 高齢者の地理的移動と地域福祉という課題についてのひとつの調査対象地として伊東市は、反面教師的な位置づけを与えることができるだろう。


1996年8月26日 山口県長寿社会開発センター生きがいと社会活動調査研究会 1 山口市

私からの問題提起: 

財団法人山口県長寿社会開発センターは、人口高齢化の一層の進行に伴って、その事業展開が期待されながら、低金利時代にあって経営は厳しく、政府財政の危機も重なって、これからの運営方針の見直しが求められている。

人口高齢化に伴って、基本的には人々の「プロダクティブ・エージング」が課題として提起される時代を迎えている。これは老後の生活を直ちに老人福祉サービスの受け手となる生活として捉えるのではなく、できるだけ老後も自立して、社会に何らかの貢献をする生活として捉えることを意味している。

そこでこの調査では、山口県における向老期の住民がどのような社会活動を行うことが生きがいにつながるのか、及びどのような支援活動が有効に社会活動への参加を促進するのかを探求するものとする。

2 調査の対象:

県内55歳以上79歳まで6000人 2段抽出:住民登録台帳から無作為抽出。

3 調査の方法:

民生委員による配票と回収。

4 調査票の設計:

社会活動の概念  プロダクティブ・エージングの内容に関わるが、職業・家事以外の活動で、「社会参加活動」として規定されてきた活動を網羅する。  社会活動の時・場所・仲間・料金、情報接触から活動経験及び活動意欲、社会活動の促進要因と阻害要因

生きがいの概念  プロダクティブ・エージングというよりは、サクセスフル・エージングに関係する概念であり、主観的幸福感(サブジェクティブ・ウェル・ビーイング)として捉えることが多い。  むしろこうした生きがい項目は社会活動項目と同義語反復に成りやすいので、生きがい感を尺度化する必要がある。生きがい尺度、不安尺度、エージングモラール尺度

フェイスシート  性、年齢、家族構成、職業、地理的移動経歴など

構成団体からの期待

 「老人」という言葉の捉え直し、言い換えは?

シルバーサービスの認知度・NPOの認知度  サービスとコストと社会規範観

財団法人山口県長寿社会開発センターの認知と期待  事業体かインターメディアリーか  単独事業か協働事業か  個別事業例への期待

5 基本的な仮説:

移動経験が社会活動への参加の度合いを規定する  分離仮説か「将来を見越した社会化」仮説か  燃え尽き症候群仮説か履歴効果仮説か  山口県のおおかたの向老期住民は、「将来を見越した社会化」を行っている移動経験者と履歴効果を持っている定住者ではないか。

社会階層が社会活動への参加の類型を規定する  集団帰属強化仮説か中間集団衰耗仮説か  ボランティア昂進仮説かボランティア衰退仮説か  強い家族の絆仮説と弱い友人の絆仮説  山口県の向老期住民のうち男性・自営業者は、なお集団帰属強化を図りながら、強い家族の絆を求めているのではないか。しかし女性・サラリーマンは、中間集団の衰耗と弱い友人の絆の中で暮らしているのではないか。

社会活動への積極的参加が生きがいを増進する  活動理論か離脱理論か  「老いの手習い」仮説か「昔とった杵柄」仮説か  山口県の向老期住民は、老後を活動的に暮らすことを考えており、これまでに経験したことを土台に社会活動を考えているのではないか。

人々は生きがいを感じる社会活動に時間・物資・金銭を投入する 市場サービスかNPOか公共サービスか  ノーマライゼーション仮説とプライバタイゼーション仮説  山口県の向老期住民は、公共サービスに依存する体質が強く、NPOの機運は弱く、ノーマリゼーションに向かうより、なおスティグマタイゼーションが強く、どちらかというと金銭的プライバタイゼーションに向かっているのではないか。

社会活動機運の上昇が財団法人山口県長寿社会開発センターへの期待を強化する  インターメディアリー仮説と事業体仮説  山口県の向老期住民は、なお社会活動機運が低調であり、これを啓発する活動が財団法人長寿社会開発センターの主たる任務になるが、独自の事業で啓発を行う余裕は無くなってきているので、ここに参加している諸団体の活動を支援したり、調整したり、協働で事業を行ったり、インターメディアリーとしての資金造成を行ったりすることが求められているのではないか。 1996年8月27日 山口県社会福祉協議会在宅サービス開発検討委員会 事業型社会福祉協議会を目指すマニュアル作成。社会福祉協議会は、地域住民の福祉を増進するための民間組織として運動してきたが、とかくそれは行政に対する働きかけという方向で進められてきた傾向にある。しかし公的サービスだけでなく、シルバーサービスなどという民間営利企業による福祉サービスの提供などが進んでくると、老人福祉施設や医療法人などのサービス提供もその様相が変わってくる。サービス供給者は多元化して、お互いに競合するようになるのである。さらにこれに追い打ちをかけるようにして公的介護保険という資金源の確保の動きが出てきたことで、その資金の受け皿としての競合はますます熾烈なものとなる。それに伴い、これまで住民参加型在宅サービスに取り組んできた組織も、資金を使える認定機関になろうという動きを示すようになる。こうなると民間非営利組織としては老舗の社会福祉協議会も、運動体型社協という枠を越えて、事業型社協へと展開しなければ生き残れない状況に立たされる。すでにこれまでは市町村から一手に受託してきたホームヘルパーが、特別養護老人ホームや老人保健施設に設置された在宅介護支援センターとの関係で、配置換えになったり、出向するといった形で、社会福祉協議会の基盤も揺るがされている。そこで、これから社会福祉協議会がどのような事業を取り組むことになるのか。その可能性について行政からの受託事業のみならず、自主事業も含めて可能性を探り起業化していくことが急務になっている。だがこうした論議の陰で、とても事業型社会福祉協議会など望むべくもない市町村社会福祉協議会の生き残り方についての検討についても気を配らなければならない。


1996年9月4日5日6日 農政調査委員会中山間地域研究会(福島県天栄村・大信村)

福島県は、県独自で中山間地域対策を講じている。それは中山間地域における転作促進事業で、地元新聞発表では、日本で初めての所得補償政策であるといわれている。その事業に取り組んでいる2つの地域において聞き取りを行った。農協の進めている「とも補償」とも連動するような内容をもった事業であるが、天栄村では小豆の転作に取り組まれているが、決して成功しているとはいえず、作目の選定の上で、さらに検討が進められる必要がありそうだった。しかし大信村の取り組みは、かなりしっかりしており、ソバという作目の選定も成功しており、注目に値する動きになっていた。計算式は次の通り: 県の事業の対象地域は標高600メートル以上の水田地域 中山間地域の米の収入10アールあたり6万7000円= 国の転作助成金1万7000円+平地からの減反肩代わり費用3万円 +県の所得補償1万5000円+市町村の所得補償5000円


1996年9月7日 ふるさとづくりリーダー研修 山口県ふるさとづくり推進室 山口県庁

ふるさと再発見 知事が替わって、山口県のふるさとづくり運動も新しい段階に入った。平井知事の唱えたふるさとづくり運動は、結局のところ、各市町村のコミュニティ推進事業と特産品開発事業、後には交通安全事業まで含めて、それらにお墨付きを与える協議会の組織化に終始した感じで終わった。これからは二井知事のもとで、この運動をどのように整理するのかが問われることになるだろう。全国的にみても、最近では地域づくりのリーダーといわれてきたような人々が、これまでの「むらおこし・まちづくり」運動を反省して、「むらのこし・まちづかい」の運動へと転換させようとしているようである。それはサステイナビリティ(持続可能性)という世界各国で認識されている鍵概念とも関係が深い。鎮め、とか癒しという言葉とも重ねて使われる。私はこれを「保」の時代と呼んでいる。保養・保健・保全・保安などといった熟語を考えれば分かるように、地域社会の整備や振興に際して、この言葉がついた活動の活性化が求められている時代なのである。


1996年9月12日11日 全国棚田(千枚田)連絡協議会 サミット 西有田町

中山間地域の農地を水田のままに残せないか。それが棚田(千枚田)を抱える地域の共通の課題である。そこから政策を提言するべく、協議会が組織され、サミットが開催された。 木村尚三郎氏は講演で「美しい農の時代」と題して、将来を見越した欲望延期的生き方から一期一会的な生き方の模索の時代への転換を唱えた。熊本県阿蘇町の初代阿蘇百姓村村長の山口力男氏は、棚田を守れなければ日本の農業は守れないと断言。従来の効率重視策に対する打破が求められているとして、阿蘇の牧野を守るグリーンストック運動を紹介した。佐賀県西有田町農協組合長の池田覚氏は農村の維持に欠かせない棚田野保存を実現するためにも、むしろUR対策費は農業予算としてよりも文部省・環境庁・文化庁予算として使う方がいいという大胆な発言をされた。西有田町の町長藤寛氏は、農の多面的な役割の中で、非戦の思想と農の役割を強調し、日本型のデカップリングの必要性を唱えた。コープさが生協の甲本洋子氏はいざというときの食糧基地としての棚田を守るための産直運動を紹介し、余暇農業の可能性を唱えた。東京都世田谷区民で群馬県川場村との交流を担っている平野武四郎氏は、もっと棚田で都市住民と交流することを提唱した。私は効率の論理に代えて、必要の論理を確立し、「むらのこし・まちづかい」の発想で、デカップリングの根拠を確立するために、都市との戦略的な交流を進めることの必要性をはなした。歯科医をした日本経済新聞の論説委員岸康彦氏は、豊かさを実現するためには、役に立たないものを排除する発想ではいけないとして、日本のピラッミドといえる棚田を生きた遺産として次の世代に伝える努力をしなければならないと締めくくられた。


1996年9月20日 多元的社会サービス研究会 北九州市

1 社会サービスとは何か

 社会サービスはsocial services の翻訳であるが、一般にはこれを社会福祉と翻訳している。しかし日本で社会福祉というと、医療・保健サービスや社会活動支援などとは区別された狭い意味として理解される傾向がある。それは日本の社会福祉が、ほとんど公的福祉を意味しており、行政機構の分掌にしたがって、同じ厚生省内部でも、医療・保健と区別され、まして省庁をまたがる社会活動支援などについては、その分野調整が複雑になっているという事情を反映している。 しかし、日本は本格的な高齢社会へ突入し始めており、これまでの社会制度の改革が急務となっている。そこでは各種のサービスの供給者側からの分野調整から発想するだけでなく、サービス利用者側の立場からみた分かりやすさから発想することが必要である。  そこで、ここでいう社会サービスは、さしあたり医療・保健・福祉サービスの全体を指す概念であるとしておこう。そこには住宅や就労や社会活動や教育などのサービスも含まれる。特にこの調査で対象とするのは、高齢者に対する医療・保健・福祉サービスの全体であり、これを高齢者サービスということにする。 社会サービスは社会的なものであるから、非公式的な家族内での支援活動などとは区別され、何らかの法的裏付けによって制度化されたサービスであることはいうまでもない。けれどもその供給主体は、必ずしも市町村行政自体である必要はない。むしろこれまでも社会福祉法人や医療法人という民間非営利組織によって担われてきた。そして今日では第三セクターの社団法人や財団法人、それにシルバーサービスという概念のもとに会社などの営利組織も担い手として登場している。

2 サービスの多元化とはなにか

社会サービスの供給者側が、公共セクターだけでなく、市場セクターや民間非営利セクターまで広がり、その間の分野調整というよりも協働collaboration, cooperation、連携partnership 、統合integration が問われるようになっている。 またこれに伴って、サービスの内容についても利用者の必要に応じた新しい内容を盛り込んだものが登場しており、他のサービスとの間で分業するというよりも、絶えず競合しながら選択(淘汰)されていくといった状況が生まれている。  さらに、これまでは社会サービスを提供する場は、基本的に利用者をまとめて入所あるいは入院させて、そこで生活丸抱え施設total institution としてサービスを提供させるというだけでなく、居宅の利用者のもとに訪問してサービスを提供するとか、居宅から日帰りで通所したり、短期間滞在してサービスを受ける場を作るといった活動が促進されることになる。  このような状況をサービスの多元化pluralism という概念で捉えておこう。つまりサービスの多元化というのは、利用者側からいえば、自分の必要に応じて、また自分の財力や適格条件に応じて、いろいろなサービスの中から選択することができる状況になることである。それはこれまでの「措置measures」という考え方で進められてきた国の公的福祉の考え方とは大きく異なっている。措置のもとでは、利用者側の選択の余地は無かったのである。 サービスの多元化という状況が出てきたということは、一方で公的福祉に依存する立場からは、「福祉の切り捨て」、「安上がり福祉」、「買う福祉」、「福祉国家」などといった言辞で論議されるが、他方で普遍主義的な社会サービスを追求する立場からは、「ノーマライゼーション」、「利用者の立場に立った福祉」、、「スティグマ」、「小さな政府」などといった言辞で論議される論争を生み出している状況に示されている。 そして公的介護保険制度や民間非営利組織法という新しい枠組みが用意されようとしている今日、改めて社会サービスの多元化について、利用者の認識がどの程度広まったかが問われる。

2 社会サービス多元化の背景

ではなぜ、社会サービスの多元化という状況が生じているのであろうか。  その第1の理由は、人口枠組みが高齢化しているということに求められる。人口の高齢化は、出生率の低下と死亡率の低下だけでなく、若年層の流出と高齢者層の流入といったことによって進む。したがって人口高齢化は、家族の構造や地域の構造そのものを変化させていく。それによって、社会的に若い世代が年老いた世代を支える家族や年金や医療保険や社会福祉や国家などのバランスが変化するので、これまでの枠組みを越えた仕組みを構築しなければならないのである。それは、既存の仕組みに慣れ親しんだ人々にとっては、多元化として認識するほかない状況となる。 第2に歴史的な背景からみた理由は、社会主義国家対自由主義国家とその第三極としての福祉国家という世界政治の構造が崩壊したことによって、世界は建前上は自由主義に一元化し、国家は社会主義や福祉の正義を掲げて、積極的な役割を果たすよりも、減税、規制緩和、貿易自由化、民間活力導入などのよって、小さな政府を目指すようになる。そうなれば、社会サービスも行政直営ではなく、営利組織や民間非営利組織によって担われなければならない状況となる。日本では福祉目的税の導入を図って失敗して、公的介護保険に向かわなければならなくなっているという経緯はこうした世界的な動向への同調傾向として理解されなければならない。  第3に日本の制度上の矛盾ということからみた理由は、これまでの狭い意味での社会福祉行政が貧困層やボーダーライン層に対する救済事業として発足したという系譜から、なかなか通常人に対する通常のサービスへの展開が図れず、その間に本来は治療を主とすべき医療機関が、福祉サービス対象者を抱え込む「社会的入院」といわれる事態を引き起こし、これにかかる医療保険支払いの増大による保険制度の危機を招いてきたことにある。これを改善しようとすれば、まずは医療機関が抱え込んできた福祉サービスの対象者を外部化し、その人々に対する福祉サービスを重点的に提供する代替サービスの構築が必要になる。それが在宅サービスを中心とする訪問サービスや通所サービスが成立してきた背景である。 第4に住民の意識の変化から見た理由は、高齢化の時代にだれもが老後を迎える可能性が高まり、家族の扶養関係を越えて、社会サービスを必要とする状態を迎える可能性が高まったことにより、経済的理由や家族的背景に限定されない普遍的な社会サービスを求める機運が高まったことにある。これにより文化的な生活を営むに必要な最低必要条件を満たすことを目指した、低所得者やボーダーライン層に対する公的サービスではカバーできない広範なサービス需要にあらゆる組織をあげて対応することが求められるようになったのである。

3 北九州市における社会サービスの多元化

 北九州市は、九州ではいち早く高齢者サービスの整備に取り組み始めた都市である。

 平成3年 市長が北九州市高齢化社会対策総合計画策定委員会に諮問 平成5年 北九州市高齢化社会対策総合計画策定委員会が市長に答申

この答申では、北九州市の高齢化の特徴を、国を上回る速さで進行、地域格差が大きい、高齢者のみの世帯割合が高い、後期高齢者人口が増加、要援護高齢者の増加といった5点から指摘し、課題のひとつとして保健・福祉・医療ニーズの増大、多様化、高度化を挙げ、それに対応するためには、「公的サービスの充実、民間シルバーサービスの健全育成、住民参加型サービス供給組織の育成、ボランティア活動の活発化等を図り、住民の選択肢を多くしていく必要がある」と指摘している。

平成6年 北九州市高齢化社会対策総合計画第一次実施計画発表

この実施計画は、北九州市における「北九州市ルネッサンス構想第二次実施計画」の部門別計画として位置づけられ、国の「高齢者保健福祉推進十か年戦略(ゴールド・プラン)」を踏まえ、かつ老人保健法及び老人福祉法に基づく老人保健福祉計画を包含する計画として位置づけられている。  実施計画は、ノーマライゼーションの理念に基づき、施設中心の要援護者対応から、地域福祉を基本とする高齢者の自立生活の総合支援へ再構築するために小学校区をその舞台とするという基本的な考え方を示している。  具体的には、必要な人に必要な時に適切なサービスを総合的かつタイムリーに届けることに基本をおいた「新しいサービス調整システム」を確立するために、区ごとに「保健福祉センター」、小学校区ごとに「市民福祉センター」を置くとしている。またバランスの取れたサービス提供体制づくりを目指して、在宅サービスを拡大し、施設サービスを充実し、在宅につなぐサービスを充実して、選択肢の多いサービス提供体制への転換を図るとしている。 このように北九州市は、社会サービスの多元化を行政としても推進する立場を鮮明にしている。その結果、病院、老人福祉施設(養護老人ホーム・特別養護老人ホーム)、社会福祉協議会だけでなく、有料老人ホーム(ヴィラノーヴァ大谷、ゆうゆう壱番館、財団法人厚生団竹風荘)、北九州市福祉サービス協会、グリーンコープ、株式会社コムスン(24時間巡回在宅サービス)、株式会社ケアテックサービス(在宅シャワー浴サービス)などが参入し、北九州市の社会サービスの多元化を担っている。  こうした北九州市の社会サービスの多元化は、住民構成の変化と関連させて考えることができる。製鉄業の産業都市として栄え、そして衰退した北九州市は、産業のリストラクチュアリングを積極的に展開し、労働省の設置する産業医科大学の誘致やテーマパークとしてのスペースワールドの設置などに力を入れてきた。その過程で、鉄鋼関連産業従事者の高齢化とその定着、若年労働者の転出、新興住宅団地への市外・県外からの転入といった住民構成の変化が続いている。このような中で、世代、居住地域(したがって移住経歴)、職業経歴などによって大きく人々の生活構造と意識は異なっていると考えることができる。このような住民の生活構造や意識の違いが、社会サービスの多元化を推進しなければならない背景を作り上げていると考えることができる。  平成5年に北九州市民生局が行った北九州市高齢者実態調査によれば、介護が必要になった時の意向として、次表のような結果を示しており、社会サービス多元化への対応が性・年齢で異なっていることがわかる。

表  介護が必要になった時の意向

自宅で、家族などを中心に介護してほしい・・・・・・・・・・・・・・・A

自宅で公的な保健や福祉のサービス(ホームヘルパー、保健婦、デイサービス、ショートステイなど)を活用しながらでも、家族に介護してほしい・・・・B

介護してくれる家族はないが、公的な保健や福祉のサービス(ホームヘルパー、保健婦、デイサービス、ショートステイなど)を活用するとともに、人を雇ってでも自宅で生活を続けたい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・C

介護付きの民間の有料老人ホームなどに入所したい・・・・・・・・・・・D

病院や老人保健施設に入所したい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・E

特別養護老人ホームに入所したい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・F

わからない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・G

その他・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・H

無回答・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・I

全体 56.8 18.7 2.4 1.9 17.1 1.8 9.3 0.8 0.3
男性 59.0 13.3 3.0 1.8 13.3 1.8 6.6 1.8 1.2
女性 53.3 8.6 1.9 1.9 20.1 1.4 11.5 0.5 1.2
65歳−74歳 50.0 9.1 2.4 4.3 17.7 1.8 12.8 1.8 0.0
75歳−84歳 54.0 13.1 3.0 0.0 19.7 2.2 8.0 0.0 0.0
85歳以上 74.0 9.6 1.4 0.0 11.0 4.1 0.0 0.0 0.0

この調査結果でみる限り、年齢が高い層ほど、在宅介護の意向が高く、年齢が低い層ほど多様な意向を持っている。この調査結果では、地区の比較や職業経歴ごとのの比較といった分析はなされていないので、これ以上詳しいことは分からないが、現在ではさらに意識の変化が起こっていることが予想される。 しかし実際に社会サービスの多元化がさらに進むには、なお乗り越えなければならない阻害要因が多々あると考えられる。こうした点に焦点を当てて、住民の選択動向をさぐることが、今回の調査のねらいである。

4 調査対象地の選定

 北九州市の人口高齢化は地域差があることが市当局によっても認識されている。最も高齢化しているのは、製鉄業の城下町であった八幡東区である。元国鉄の拠点であった門司区も人口高齢化の著しい所である。住宅団地の造成、新しいサービス産業の誘致や開発によって、新しい住民が流入しているのは八幡西区や小倉南区である。中には石炭積出港としての歴史的使命を終えて高齢化しながら、新しい住宅団地造成などで高齢化が鈍化している若松区のような所もある。そこで、今回の北九州市の代表的な地域として、八幡東区、八幡西区、若松区の3区を対象にして、その中から60地点を無作為に選定し、1地点11サンプル(うち1サンプルは予備)とすることにした。母集団は今後の動向を予測するために、50歳以上79歳以下とした。台帳は選挙人名簿を用いることにした。

表  区ごとの人口と高齢化

人口 対前年度同 老年 人口 割合 推移
月増減数 昭50 昭55 昭60 平2 平7
門司区 119,779 -1,641 8.9 10.6 12.4 15.4 19.1
小倉北区 192,928 -1,389 6.7 8.3 9.8 12.2 15.3
小倉南区 206,150 1,139 5.5 6.4 7.9 10.2 12.5
若松区 91,824 381 8.3 10.5 11.5 14.0 16.5
八幡東区 84,395 -1,198 9.0 11.6 14.1 17.1 20.8
八幡西区 257,136 2,628 6.2 7.5 9.2 11.5 14.5
戸畑区 65,795 - 345 7.3 9.3 11.0 13.3 16.9

人口は平成8年7月の住民基本台帳人口、昭和45年から平成2年の老年人口割合は国勢調査結果、平成7年は住民基本台帳人口。

5 調査の方法

 調査の方法は、質問紙による面接聞き取りによるものとして、西日本新聞社調査部に委託した。

6 調査票の設計

 まずサービス利用の意識と行動モデルを社会構造レベルと生活構造レベルとサービスのオプションという三層で捉えてみる。

社会構造レベル 生活構造レベル        サービスのオプション

文化構造 価値観・モラール スティグマかノーマルか
人口構造 性・年齢・世帯 世代間協働か乖離か
経済構造 職業・家事・年金・消費・貯蓄 市場か行政かNPOか
地域構造 住所・移住・家屋・生活環境 定住か移住か
階層構造 学歴・収入・資産・威信・来住歴 一元化か多元化か
関係構造 社会的ネットワーク・集団参加 インフォーマルか専門処理か
時間構造 生活時間配分 24時間型か定時型か

 まず、社会構造を人口・経済・地域・階層・関係・時間・文化で捉えると、日本の現在の社会は次のようになる。  

人口構造 高齢化、少子化により老年人口割合、老年人口(従属)指数、老年化指数が高まっている。  
経済構造 市場経済が肥大化し、公共経済は縮小に向かい、贈与経済の熟度を高める必要性がでてきている。
地域構造 地域間格差があって、地理的移動の誘因となっているだけでなく、地理的移動がまた地域間格差を増幅している。
階層構造 全体としては新中間層に標準化しているが、学歴や資産の面での格差が拡大している。
関係構造 中間集団への二重所属状況が崩れて、ネットワーキング状況が生まれている。
時間構造 社会的拘束時間が減少し、これと生理的必要時間を除いた自由時間が、特定社会層で増加している。高齢化によって病気やADLの低下により生理的必要時間も増えている。  
文化構造 伝統に依拠して恩・義理・恥を感じるというよりも、流行に依拠して打算・取引・不安を感じるようになっている。

このような社会構造が個人に投影して生活構造ができあがっているとすれば、その特徴は次のようになる。

デモグラフィック 性・年齢・世帯構成などによって多様な人生選択が生じており、結婚、育児、扶養などのパターンを変える。 ホームエコノミー 労働市場や株式・金融市場に関わるだけでなく、消費市場に関わって貯蓄・年金・自家消費労働・税負担などを組立て直す。
コミュニティ   移住と定住の経歴にしたがって、地域共同体的なコミュニティと場所の感覚のないコミュニティに分化していく。
ソーシャルクラス 一部のパワーエリートや低所得層以外の階層は地位結晶度が低くなって、周辺人的な立場を持続するようになる。
社会ネットワーク 「地縁」型「血縁」型から、「友人縁」型や「孤立」型や「混合型」まで多様なネットワークに分化していく。
タイムバジェット 次の時代への準備学習と仕事と育児の遂行で燃え尽きてしまうのでなく、ゆとりの時間を確保し、選択的に消費するが、病気やADLの低下で生理的必要時間が長くなる。
ビリーフシステム 運命論や自由意志論ではなく社会的決定論に基づいたリアクションをすることを是とする。

そこで、このような生活構造から、社会サービスに対しては、次のようなオプションが想定されるようになる。  

世代間協働か乖離か  
市場か行政かNPOか  
定住か移住か  
一元化か多元化か  
インフォーマルか専門処理か  
24時間型か定時型か  
スティグマかノーマルか

以上のようなモデルから生活構造と社会サービスのオプションの関係を結びつける質問票を設計する必要がある。

 メイン・コンサーン サブ・コンサーンの項目

デモグラフィック  性、年齢、結婚、育児、扶養、世帯構成
ホームエコノミー  収入源、職業、家事、消費、貯蓄
コミュニティ    住所、移住歴、家屋、生活環境
ソーシャルクラス  収入、資産、学歴、職歴、威信 社会ネットワーク  
社会的ネットワーク、集団参加、社会参加 タイムバジェット  
生活時間配分 ビリーフシステム  
価値意識、規範意識、モラール


1996年9月24日 山口県油谷町商工会 都市との交流についての助言 油谷町

商工会で、北九州市住民との交流をするというので、交流の進め方について助言。冬場になる点での問題と、路上観察手法の取り入れ方、交流を呼びかける実行体制の組み方について話し合った。


1996年9月26日 山口県長寿社会開発センター生きがいと社会活動調査研究会2 山口市

調査票の検討。


1996年10月2日 電源開発地域セミナー 東京

都市と農村の交流に取り組もうという電源開発地域の市町村職員のセミナーで助言。


1996年10月4日 山口県むつみ村地域ブランド化 むつみ村

むつみ村の村長・議員・役場職員・農協・森林組合・商工会の人々に地域ブランド化、あるいはCIという活動についての理解を深める懇談を行った。