
北九州工業地帯を支える企業には八幡・戸畑・若松に工場を持つ八幡製鉄所の外に化学
・機械の工場が立地している。八幡と若松には三菱化成、黒崎窯業、安川電機などがあ
る。しかし、この両地域のみならず、北九州全域にとっても八幡製鉄所の占める影響力
は大きい。そこで、ここでは八幡製鉄所について簡単にみておきたい。
(1) 八幡製鉄の歴史
北九州市、特に八幡市は八幡製鉄と共に発展してきた。明治29年3月に「製鉄所官制」
の公布後、明治30年2月に農商務大臣より「八幡村に置く」ことが告示され、八幡製鉄
所が当地八幡村にできることになった。当時の八幡村の人口は1,715人、戸数は、490戸
であった。製鉄所の工場が実用的に動き出すのは4年後の明治34(1901)年11月18日、
いま記念碑として保存されている東田第一高炉において初めて点火式(作業開所式)が
行われた。その後、官営製鉄は、鉄鋼需要の増大とともに従業員数、工場規模の拡充が
されていく。大正13年には従業員数が25,787人を数えるまでに拡大、昭和9年には社名
を日本製鉄株式会社と改名して、製鉄所従業員だけで3万人を擁する巨大企業になった。
昭和12年に日支事変以降は、戦時統制下となり製鋼業に対する国家統制が強化されてい
く、そして昭和17年には徴用工の受け入れによって増大する労働者の確保を行っていっ
た。昭和19年には従業員数、66,740人に達した。昭和19〜20年8月までに3回の空襲を
受け、市街地の58.6%が罹災(製鉄所の周辺の前田、尾倉、仲町は全滅に近い被害を
受けた)した。そして終戦を迎えた。
(2) 戦後の八幡製鉄
戦後、昭和25年4月には財閥解体というGHQの命令を受けて、日本製鉄株式会社は解体
され、資本金8億円の八幡製鉄、資本金4億円の富士製鉄、資本金2千万円の播磨耐火煉
瓦、資本金4千万円の日鉄汽船の4社に分割された。それにより従業員数約4万人という
八幡製鉄株式会社が発足した。同年に朝鮮半島に起こった朝鮮動乱は、第二次大戦に受
けた壊滅的な打撃と鉄鋼需要の減少した経営の厳しい鉄鋼産業にとっては特需景気を生
み出し、戦後の再建の弾みとなった。八幡製鉄所にとっても同様であった。しかし、戦
後の鉄鋼業にとり、技術革新や国際競争力が不可避な情勢にあった。八幡製鉄所は、敗
戦後の再出発時から、生き残り策として合理化を余儀なくされた。まず、昭和26年には
第1次合理化計画が発表され、スクラップ・アンド・ビルドの策がとられるようになる。
昭和28年には新鋭工場の光製鉄所が山口県の光市に建設される。さらに、昭和31年には
第2次合理化計画が発表され、昭和34年には第3次合理化計画が発表されていく。つまり、
その内容は八幡製鉄所の主力を戸畑に集約する一方で、消費地に近い堺・君津に新鋭工
場を建設しようとするものであった。これにより八幡は新鋭工場へ技術や人材・システ
ムを供給する「兵站基地」と位置づけられる。その結果として、堺製鉄所へは昭和34年
から2、900人の従業員が八幡から転出、光製鉄所へは1、272人が、さらに最大の新鋭工
場が置かれた千葉県の君津製鉄所には昭和39年から4,121人の従業員が転出していき、
この3つの工場で合計約8,000の従業員が配置換えで八幡を去っていった。
八幡製鉄所は、昭和30以降の社員のための住宅政策として社宅建設にとりかかり、当
時最大の穴生団地(約2,000戸弱)を建設している。これは北九州に置かれた八幡製鉄所
最大の企業コミュニティであった。
昭和37年9月に開通した若戸大橋(洞海湾をまたぐ4百メートルの大架橋)は、洞海湾
を跨ぎ、戸畑市と若松市を道路で直結した。まさに新しい鉄都の象徴的な出来事であっ
た。昭和38年には、かねてより叫ばれていた門司市、小倉市、八幡市、戸畑市、若松市
の5市が合併し、八幡製鉄所とともに発展してきた鉄都八幡市の歴史を閉じる。昭和43年
に千葉県に君津製鉄所が完成、さらに、新産業都市に指定された大分市鶴崎に進出した
大分製鉄所が完成し、九州における最新鋭工場がここに集約されることになる。八幡製
鉄自身は本社を東京に移し、昭和45(1970)年には富士製鉄と合併し、新日本製鉄株式
会社という世界一の製鉄会社になる。それはいずれも@重複投資の回避、A技術開発力
の強化、B国際競争力の強化のためであった。
しかし、昭和40年代後半の石油ショックとそれに続く急激な円高により、わが国の鉄
鋼産業は深刻な打撃を与えることとなり、新日鉄も従業員の削減計画、配置転換や出向
を進め、創業の地である八幡の古い施設から新鋭の工場に生産拠点を移し、関東地区(
東京、千葉)に頭脳部分も移していった。八幡製鉄所の縮小はそのまま八幡地区の人口、
経済活動の衰退を意味している。広い社有地を新日鉄は北九州市に売却したり、自らも
新しい産業としてスペースワールドを建設して「鉄から宇宙産業」へ転身しようとして
いる。
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