法医学・異状死体って何?1

 法医学とは法律に関わる医学的諸問題を広く取り扱い、これらに対して医学的に公正に判断を下していく学問であり、もって、個人の基本的人権の擁護と、社会の安全に寄与することをめざしています。

 法医学の対象領域で一番基本となるのが、異状死体に関連する問題です。

 異状死体とは、「確実に診断された内因性疾患で死亡したことが明らかである死体以外のすべての死体」をいいます。

 医師法第21条に「医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたとき、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と規定されています。

 この異状死体の定義が問題となることがあり、法医学会では、この異状死体に関してガイドラインを発表しています。届けるべき異状死についての「異状死」ガイドラインは重要ですので、是非ご理解ください。

 日本では警察内の処理システムから異状死体は3種類に分けられます。
 1)非犯罪死体:病死・天災死・自損事故・自殺など  行政検視、死体取扱規則
 2)変死体(疑):犯罪の疑い    司法検視、刑事訴訟法(229)・検視(代行検視)、検視規則
 3)犯罪死体:他殺・人災事故など  検証・実況見分、検視規則 

 なお、世界的(欧州)には、法医解剖が必要とされる不自然死(unnatural death)のケースは以下のようなものです。
欧州評議会での法医(司法)解剖が行われるべき事例(勧告,No.R(99)3)。
a. 殺人又は殺人の疑い。
b. 突然の、予期しない死。乳幼児突然死を含む。
c. 拷問やその他の不適切な扱いの疑いのような、人権の侵害。
d. 自殺又は自殺の疑い。 
e. 医療過誤の疑い。 
f. 事故。交通事故、職業上の事故、家庭内の事故。
g. 職業病と労働災害。
h. 科学技術あるいは環境災害。
i. 拘置所・刑務所における死、あるいは警察や軍の活動に関わる死。
j. 身元不明あるいは白骨化死体。
  (B. Brinkmann: Harmonisation of Medico-Legal Autopsy Rules. Int J Legal Med(1999) 113:1-14)
(EU統合による各国間の司法システムの相違を解消するための勧告です。この定義の場合、日本の非犯罪死体も不自然死体(変死体・異状死体)に含まれることになります。)

 日本学術会議の見解と提言:異状死等について(pdf)(報告の要旨 より)(H17.6.23)
届け出るべき異状死体及び異状死
(1)一般的にみた領域的基準
  異状死体の届出が、犯罪捜査に端緒を与えるとする医師法第21 条の立法の趣旨からすれば、公安、社会秩序の維持のためにも届出の範囲は領域的に広範であるべきである。すなわち、異状死体とは、
 @ 純然たる病死以外の状況が死体に認められた場合のほか、
 A まったく死因不詳の死体等、
 B 不自然な状況・場所などで発見された死体及び人体の部分
等も
これに加えるべきである。
(2)医療関連死と階層的基準
  いわゆる診療、服薬、注射、手術、看護及び検査などの途上あるいはこれらの直後における死亡をさすものであり、この場合、何をもって異状死体・異状死とするか、その階層的基準が示されなければならない。
@ 医行為中あるいはその直後の死亡にあっては、まず明確な過誤・過失があった場合あるいはその疑いがあったときは、純然たる病死とはいえず、届出義務が課せられるべきである。これにより、医療者側に不利益を負う可能性があったとしても、医療の独占性と公益性、さらに国民が望む医療の透明性などを勘案すれば届出義務は解除されるべきものではない。
A 広く人の病死を考慮した場合、高齢者や慢性疾患を負う、いわゆる医学的弱者が増加しつつある今日、疾患構造の複雑化などから必ずしも生前に診断を受けている病気・病態が死因になるとは限らず、それに続発する疾患や潜在する病態の顕性化などにより診断に到る間もなく急激に死に到ることなども少なくない。さらに、危険性のある外科的処置等によってのみ救命できることもしばしばみられているが、人命救助を目的としたこれら措置によっても、その危険性ゆえに死の転機をとる例もないことではない。このような場合、その死が担当医師にとって医学的に十分な合理性をもって経過の上で病死と説明できたとしても、自己の医療行為に関わるこの合理性の判断を当該医師に委ねることは適切でな い。ここにおいて第三者医師(あるいは医師団)の見解を求め、第三者医師、また遺族を含め関係者(医療チームの一員等)がその死因の説明の合理性に疑義を持つ場合には、異状死・異状死体とすることが妥当である。ここにおける第三者医師はその診療に直接関与しなかった医師(あるいは医師団)とし、その当該病院医師であれ、医師会員であれ、あるいは遺族の指定するセカンドオピニオン医師であれ差し支えはない。このようなシステムを各病院あるいは医療圏単位で構築することを提言する。
(註:?警察医・死体検案医・監察医ではだめなのでしょうか?検死制度の意義は犯罪捜査の端緒だけではありません。公正原則、死因究明、人権の擁護、再発予防にあります。「イギリス、アメリカ、フィンランドその他の先進国では捜査機関以外の第三者機関が解剖を行い、医療者及び遺族等、双方に対しその結果を開示している(p.20)」と引用していますが、コロナーやMedical Examiner、大学法医学教室となぜ言わずに、第三者機関というのでしょうか?日本の検死制度が世界でもお粗末なことを指摘せずに、先進国に存在しない日本的第三者機関をなぜ創設したいのでしょうか?医師法21条の異状死体届出が憲法第38条1項の「何人も自己の不利益な供述を強要されない」違反かとの議論は、法律学者としてはおもしろいかもしれ ませんが、医師の倫理面では恥ずかしさを感じます。また、日本学術会議の異状死体届出の定義では、検死機関としての警察ではなく(公正原則)、捜査機関としての警察への届出 (犯罪捜査の端緒)を指向していることになります。医療関連死のモデル地区以外では、法医学会の異状死体の届出基準で、検死機関としての警察へ異状死体届出をすることをおすすめします。)
 

検死に関するメモ:日本の常識は世界の非常識?
1. 先進国のUnnatural death は、日本では変死体や異状死体に相当しますが、その間に区別はありません。
  即ち、不自然死=変死体(刑訴法)=異状死(医師法) はunnatural death に当たります。
  検察が欧州評議会のunnatural deathの定義を変死体として採用するだけで、日本の検死制度は大きく変わります。
  変死体には犯罪死体と非犯罪死体の両方が含まれることになります。
2.欧州には日本型監察医制度(行政解剖)はなく、司法解剖で一本化されています(英国はコロナー制度)。
  日本の刑事訴訟法の変死体(疑)に対する検視・司法解剖だけです。
  司法解剖は全て法医解剖(Medico-legal autopsy)として行われています。
3.検死制度はpublic safety部門(検察・警察・コロナー・Medical examiner)が担当するのが世界の常識です。
  日本では警察・検察が検死制度を担っています。犯罪捜査ばかりではありません。
4.異状死の死因決定はpublic serviceである、のが世界の常識です。
 (日本には行政承諾解剖があり、解剖実施決定の最終責任者は遺族です(司法解剖・監察医解剖は別))。
5.日本には体系的な検死制度はない、といえます。(検死制度は犯罪捜査の端緒だけではない!)
  (縦割り行政の弊害:厚労省・警察・検察・海保・法務省・自衛隊等)
6.コロナー制度では事実(死因)究明だけを目的とし、犯罪性の追求は行わない(警察・検察の管轄となる)。
  死因が不明だから法医解剖して死因究明するだけで、法的な過失の有無は管轄外です。
7.死亡診断・死体検案・解剖等は2名の医師で行われるところもある。公正(Justice)のためです。
8.日本の法医・病理解剖率は先進国中最低です(フィンランド36%、英国24%、USA12%、ドイツ8%、日本4%)。
  法医解剖率が低いため、医療関連死の届出に非常に抵抗感を感じている医師が多い。
  日本の異状死体率が約15%程度であることから、先進国の解剖率は驚異的です。
  異状死体届出率も高いことになります(フィンランドはほぼ全例が法医解剖と云う)。
9.先進国で解剖率が高いのは医療関連死の法医解剖が多いことも一因です。
  密室性に対する公正(Justice)のため、無用な訴訟予防のために法医解剖を行っています。
  臓器移植後も検死されます。拘置所内の病死も検死されます。公正のためです。
10.検死困難例の存在を認め、検死陪審や死因審査会などが事実究明のために開かれます。
  検死専門家でも死因が分からず、死亡の種類の判別が困難な事例があることを認め、対処しています。
  情報は手続きの上で公開。再発予防のため、勧告が出されます。cf.ダイアナ妃の検死陪審。
 

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