菊屋吉生 PROFILE

1954年9月に山口県萩市に生まれました。父親の仕事の関係で、福岡、大阪、山口など小学校を6回転校し、引越し、転校にはすっかり慣れっことなりました。新しい環境への順応性の良さはこの頃培われたのでしょう。反面、他人と対立することを嫌う優柔不断な側面もこの頃身についたのでしょうか。

1978年3月立命館大学文学部史学科を卒業しましたが、所属ゼミは思想史に入り、卒論では中国の画論の歴史をかじりました。(題目『南北二宗論の展開』)

1978年4月から山口県教育委員会文化課美術館建設準備室勤務学芸員として採用され、翌年10月開館した山口県立美術館学芸員となりました。以来、学芸員として主に日本の近世、近代の絵画を対象とした展覧会を山口県立美術館で手がけました。それら担当あるいは共同参画した自主企画展(巡回展などは除く)を列挙すると

「円山派と森寛斎―応挙から寛斎へ」1982年1月

「松林桂月―その墨と色彩の妙」1983年1月

「戦後日本画の一断面―模索と葛藤」1986年1月

「ニュー・ジャパニーズスタイル・ペインティング―日本画材の可能性」1986年12月

「日本画 昭和の熱き鼓動」1988年1月 (第1回倫雅美術奨励賞受賞)

「大内文化の遺宝」1989年8月

「大正日本画―その闇ときらめき」1993年1月

「明治日本画の新情景―ひと・まち・しぜん」1996年12月

といった展覧会を企画しました。

根からの展覧会屋としての自負をもっていましたが、40を過ぎていろいろ考えることもあり、1997年4月から縁あって山口大学へお世話になるようになりました。山口大学教育学部では、学部は文芸・芸能コース、大学院は美術教育専修のスタッフとして美術理論、美術史を担当しています。

趣味は月並みですが、映画をよく見ます。今はヴィデオやDVDなどが中心ですが、やはり映画の本当の醍醐味は劇場でしか味わえないと思っています。他に、ひまさえあればマンガを読んでいます。さすがに少年少女マンガまでとはいきませんが、やはりヒトクセあるものが好きで、最近は古屋兎丸、松本大洋、魚喃キリコなどのものが気になってます。今はまだ具体的ではありませんが、美術、映画、漫画などがリンクした研究もできればと思っています。

これは大学に移ってはじめて感じたことですが、学生諸君をふくめ、若い人たちと接することの楽しさを知ったことです。山口大学では私の専門である美術に限らず、学生諸君の若い感性の面白さに感心したり、啓発されることもよくあります。今は学生諸君の若さと活力をこちらが逆に吸収させてもらいながら、キャンパスライフをけっこう楽しんでいます。

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