大塚公子講演会

日時:1998年12月6日(日)

場所:山口大学大学会館

 今年の10月から山口に来るのを楽しみにしておりました。来てみたら実際山は近いし、 ああ、こんなに山が近くにあったらいいなあと思いました。季節の移り変わりも感じら れ、こんな気分になったのは久しぶりです。 死刑のことばかりしゃべりつづけてもう二十数年間になりますけれど、死刑は二十数 年前には、私は日本にはないと思っていましたから、死刑があると聞いたときには「ま さか」と思いましたけれど、実際にあったんですね。それで、法務省は何も教えてくれ ないから、教えないんだったら自分で調べようと思って、調べ始めたらいくらたっても らちがあかないんで、最初の本を書いたのはそれから10年経った後でしたから、今か ら12、3年前です。それが「死刑執行人の苦悩」でした。 そもそも死刑を知ったというきっかけが小学校の6年生のとき、いっしょにクラスに いた男の子が男の子といえない34歳のおじさんになっていましたけれど、北九州の飯 塚で、内縁の妻の自宅に押しかけていって、一家4人を殺したという事件があったんで す。事件については本人は、自分は殺してない、一人しかころしてなくてあとの3人は 女が殺したんだといってましたけれど、結局は今年の始め死刑が確定して、今は福岡拘 置所に死刑囚としています。 その同級生というのは、私は一度も口をきいたことがなくて、口をきいたことがない 人の方が多いんじゃないかと思います。あのころは、43人のクラスで、2クラスある ような小さな学校でたまたま私のクラスにきたというだけのことで、友達はできなかっ たんじゃないかなと思いますけど、あのころは貧しかったといえば貧しかったんですけ れど、田舎にいたら食べることに不自由するような暮らしの人はいなかったんじゃない かなと思いますけれど、その人は本当に食べるのも不自由するような貧乏暮らしのとこ ろで妹だか弟だかいてその子をおんぶしてきたり、お母さんが病気で、学校の近くの医 者に薬をもらいによくいったり、よく休んだりしていました。思い出すのはそれぐらい のことなんですけれども、事件を起こしたときに思ったのは、「ああ、結局あの子は意 一生日の当たらないところを歩んできたんだな」という思いでした。そして死刑がある ということを知らなくてその時初めて死刑になるということを聞いて、「ああ、日本に も死刑があったのか」と思いましたから。「貧乏な生い立ちで、そのままうかばれない 日の当たらない人生を送って、それで最後は死刑という死に方をするんだったら、あの 子は生まれてこなければよかったのに」と思ったのが、私が死刑を取材するきっかけに なったと思います。最初はもう法務省にいけば何でも詳しく教えてくれるものだと思っ ていました。日本は民主国家だから、国民に隠していることなど何ひとつないと思って たら、全部隠しているんですね、死刑のことは。まあ、今、死刑のことだけじゃなくて も隠していることはいっぱいあるんでしょうけど、まず、死刑については何年に何人殺 したとか、誰っていう死刑囚は何年に殺されたんだとかいう情報はいっさい教えてくれ なくて、人数だけ1年に一回でている官報かなんかに数字として載っているだけで、名 前も何にもでてこない、あとは新聞社なり雑誌社なりが自分で調べて書くんですから、 そのころは人が殺されても新聞にも載っていませんでした。それで事件を追いかけるの を新聞の古いつづりのページをめくって、この事件はこのとこ起こったんだということ でそれからあくる日の新聞、あくる日の新聞というふうに、追いかけまわして、それで どういう事件だったのかという骨子を調べて、でそれから、死刑をやったひとは誰なの か、どこの拘置所にいれられているのか、そういうことを調べてやるんですから、本当 に大変な思いをしてあっという間の十年でしたけれど、取材が終えなかったとはいえな くても早く書かなくちゃ約束した人が一人死に二人死にしはじめて「ああ、こんなに年 をとってしまったのか」と思って書いたのが「死刑執行人の苦悩」なんですね。 それで、元刑務官だった人に会って話を聞くときも、そんな事件は忘れちゃったとか、 自分が刑務官をやってたときはずいぶん前だから、忘れたとかいって相手にしてくれな いんですね。どうして相手にしてくれないんだろうかと思って、私は人を殺すというこ とがあんなに恥ずかしいことで、なんともいえない心の傷としてのこっていつまでもそ れが日々古くなっていくんじゃなくて新しくなって痛んでいくんだということを知りま せんでしたので、ほんとに最初に聞いたときは返答もできないくらい驚いて「ああ、そ うだったのか」という思いをいたしました。それはあの本には、順序ただしくは書いて ありませんけれども、最初に話してくれたのが九州の福岡拘置所に勤めていた人で、6 0何歳とかいってましたので、いま考えると私より10歳くらいうえなんですけれども、 80過ぎたおじいさんみたいな感じがしましてね、それでとつとつとしゃべってくれる んですけれどとつとつとしたしゃべりかたがものすごく迫ってくるんですね。本当に人 のいのちが誰にもつくれないんだから、そして一生生かしておいても100年も生きな いんだから、だからどんな人も生かさなくちゃいけないんだということを実感しました。 で九州であった刑務官というのは私が取材してすぐ死んでしまいましたのでこういう本 ができましたよとはいえなかったんですけれども、それで、病気になった人はこれもや っぱり人を殺したからだと思って、死刑執行をしたにもかかわらずあのときああいう悪 いことをしたからだと自分で思い込んでしまうんですね。なんともいえない暗い気持ち で生きているのも大変なんですよ、っていうことばがでてくると私でできることがあっ たらどんなことでもやってあげますよと思わずいってしまったんですけれど、できるこ とはないんですね。できることは死刑をやめさせて刑務官の人は誇りのある職業だと思 って一生勤められる、そういう仕事にならなければ、生きている甲斐もないという人生 を送ってしまいますから人間っていうのはどんな人間でも生まれてきたことがよかった と思わなくちゃうそだと思うんです、いずれ死んじゃうんですから。死刑囚もどんな凶 悪な事件を起こした死刑囚といえども100年も生きていない、90年も生きないと思 います。その人たちを生かしていたっていいじゃないかと思うんですね。殺せっていう 人は自分と死刑は全然関係ないと思って自分のこととして考えられないんですね。あの 人はあんな悪いことをしたんだからという言い方をして深くは考えない。深く考えてみ ると人間が偶然に人間として生まれてきたということさえ本当に不思議な気がしますし、 なかなか人間に生まれないのを人間に生まれてきたんだからやっぱり一生生きてそして あの人は生きるだけ生きてそして死んだんだという方が本当は正しいんだと思うんです。 死刑囚だって、凶悪事件を起こしたときは新聞や週刊誌などはすさまじく書いてありま すけれど、その人の日常生活というのはそんなにすさまじいもんじゃないんですね。ち ょと間違ったところで殺人をしてしまうという人が多いんです。今、1人殺しても死刑 にはならなくなりましたけれど、ちょっと前は1人殺しても死刑になっていました。そ れと尊属殺というのがありまして親を殺したら絶対死刑ということだったんですから、 どんなにあくどい親でも殺してはいけないということだったので、尊属殺で死刑になっ た人もいます。みんな結局人間の性は善なりということばがありますけれども、私もそ う思います。絶対凶悪で認否人なんて人はいなくてみんな後悔してみんな精進するんで すね、自由社会にいたときは本も読まなかった人が一所懸命読書をしてそして思いもし ないものを書いたりとか見ると、やっぱり殺してしまうのはもったいないと思ってしま うし、殺さなくても代替刑を考えて終身刑にするとか、人間らしい心を回復させて一生 を送らせてやるのが本当の刑罰じゃないかと思うんです。それで今法務省は、矯正関係 で1717億円の予算をとってまして、収容者一人当たりの食費が1261円です。1 717億円というとどのくらいあるのか想像つきませんけれども、全国で56ヶ所刑務 所があり、少年院があり、拘置所があるという矯正施設がありますので、人件費もあり ますし、建物とか照明とか水代とかガス代とかそれくらいかかっても当たり前なんだろ うなと思います。もっと多くてもいいんじゃないかと思いますね。それで死刑囚一人に つき1年間で100万円かかっているから殺さなくちゃといった法務大臣もいましたけ ど、死刑囚をあそばせないで仕事を振り当てたら自分で自分の食い扶持ぐらい稼ぐんだ からその方がよりいいと思うんです。そして仕事を通じて人間らしい心を回復していっ て、日本人ていうのは本当にどうしようもなく悪いという人はいませんでね、みんな後 悔しているんですね。大久保清という死刑囚、もう処刑されてしまったんですけれども、 大久保清でさえ最終的には反省もして後悔もしてたんです。死刑囚にはいくらかかるん だろうか、いくらかかるから早く死刑執行してしまわなくちゃ国家予算を食いつぶして しまうとかいった法務大臣も、もうお亡くなりになってしまったんですけれども、そう いう言い方をした法務大臣もいたんですけれども、私が実際に取材をてね、もう驚くよ りあきれ返って言葉もなくかえったんですけれども、そういう法務大臣がやっていると きは死刑も多くて、もっとも人間らしい佐藤 恵さんっていう人が法務大臣になったと きは、「私は思想信条から死刑執行はしない」っていって執行はなかったんですけれど も、執行はしないかわりに法務省の人たちからは「ああ、うちの大臣は今度指揮権を発 動するらしい」とデマを飛ばされて誰も口をきいてくれなくって、毎日執務室にいても 口もきいてくれないもんですからね、正しいことを言うことはうつくしいと感じたとつ くづくおっしゃってましたけれど、実際、正しいことをいっても、なんか死刑囚は殺す のが当たり前、死刑囚は死刑執行されるようなことをしたんだからっていうように考え たらもう何もいうことはないんですね。死刑囚を正しい方向に向けて正しく生きさせて こそ本当に矯正職っていえるんじゃないかと思うんですけれども、特に上を見ている拘 置所長なんかは死刑囚は殺さなくちゃ、と腹の中では思っていると思います。っていう のは大阪拘置所や東京拘置所の所長を勤めたら本省に帰って偉くなっていくっていう筋 道が決まってますので、そこへ乗っかりたいために自分のいるところから死刑囚をいっ ぱいだすっていうやり方をしていましてね、それでしかも自分は殺さないで死刑が最も やりたくない刑務官に、おまえとおまえがやれとかいうことを保安課長にやらして自分 は口をぬぐって知らん顔をしているというのが実態なんです。刑務官は一番下にいます ので、なんにも言えない逆らえなくって、「やめます」って言わない限りは「その執行 はできません」なんて言えないんですよ。それはもう、その日の朝、白い手袋を渡され て言われるんですから、前日に言うと休むと思いますからね、だから拘置所の方もその 日の朝になっていってやらされるっていうんだからかわいそうで、自分一人だったらす ぐやめて帰ってもいいんだけれども家族がいるとやめられないし、景気がいいときだっ たらなんでもあるんでしょうけど、景気が悪いときはああいう職業は親方日の丸ですか らやっぱりそのまま勤めたいと思うでしょうし、刑務官が順就要綱とかいうのが刑務官 の手帳を開くとあるんですね、それに一行も書いてないんですね、刑務官は死刑を執行 しなくちゃならないってことは。実際に死刑をやらされるんでやめたという刑務官にあ ったことがあるんですけれど、今は長野県の松本市でレストランの厨房に勤めている人 で、勤めるんだったら家から近いとこがいいというので、東京拘置所を願い出てそのま ま東京拘置所の職員になったら死刑をしなくちゃならないということが刑務官になって わかったんですね。そして自分もきっとその順番がくると知ったときに、「ああ、こう いうところには自分は勤められない」と思ってすぐやめてしまったっていうんですけろ ども、その人は若かったからコックの修行をしてコックになれたからよかったんですけ れども、40過ぎてから死刑がまわってきてやめますといってやめたっておいそれと次 の職は見つからないっていうんじゃ、しぶしぶやらざるをえなかったていう気持ちもよ くわかるんです。刑務官がみんなでやらないったらやめになるかっていったらやっぱり そうはならないと思うんです。死刑はやっぱり国民の全員が死刑はいけないことなんだ からやめてくださいという声を張り上げないとことでないと、法務省の役人どもの頭は 硬いから国民が望んでるからやってます、自分たちのせいじゃないよって言ってますの で国民の声は死刑に反対してるんですよっていう声を大きくしていかないといつまでた っても同じだということがわかってきてそれで私は一冊でも多くの本を書いて一人でも 多くの人に読んでもらってそれで一人でも二人でも会ったら死刑の話をして死刑のこと をみんながよく知ることだと思います。死刑囚というのは三畳足らずの部屋に一人で入 れられていてドアを閉めると何にもないドアですから閉められると外は見えないんです ね、内は窓とはいっても半分は鉄板でふさがれていてあとの半分は目隠し塀で覆われて いて外は見えないんです、空が少し見えるだけで。そういうとこにいてしかも知り合い の人と話もできない、廊下で会ったってすれちがうときにこう右と左を向かされて顔を 見せない、そういうくだらない規則を次から次へと作って死刑囚にそういう命令を下し てそれでよしとする拘置所というのは本当にけしからんと思いますけれども、そういう ことが表に出てこないもんですから外にいる人はわからないんですね。中にいる留置さ れている人も死刑囚も誰かに知らせようと手紙を書いて誰かに知らせようとしてもそう いうことを書くとあの手紙は問題だとかいうんで役員面接とかいうのがありまして管理 部長とかいうものものしい肩書きのついた部長に呼ばれてこういうことを書いたら読ん だ人にショックを与えるからとかいうらしんですよ。だけどショックを与えるようなこ とをしているのは拘置所であってね、死刑囚はやられたことをそのまま正直に書いてる のにそういうことはやっちやいかんと押し問答の挙句に、結局は、書き直すか消すかし ないとその手紙は出してもらえない、っていうようなことを繰り返しているんです。だ から拘置所の外からは全然わからないんですけれども、もう本当に自分の部屋の外の人 とはいっさい口をきかせないってことは、無言の行にはげんでいるような僧侶のような 境地にならない限りはしゃべるのはあたりまえのことなんですから。しゃべらせない、 それから死刑囚から朝起きる時間から夜寝るまでの時間まで規則が区切られててそのと おりにやらないと懲罰を受けるという厳しいことになっているです。そういうことをほ んとにわかってほしいと思いますね。たとえば朝起きて布団をたたむとここに置くとか 置く場所も決まってて、重ねる順番も決まってて、どっちを向いて座るかとか、正座を して正面というのはドアの方を向いてのぞき穴からのぞいたら全体が見えるようにすわ らなくちゃいけないとかそういう細かいことがびっしり決まっているですね。そして決 まっていることが何かに書いてあるというわけじゃないんです。いちいちそういうこと を知らないでちょっと足を投げ出しても、足を投げ出しちゃいかんといって怒られるか らどうやってりゃいいんだというと正座しろという。そうやって怒られてそれでああそ ういうもんかと思って怒られまい方法をするとかいうことばっかりで最初慣れるまでが 大変なんだそうです。しかもそれは死刑が確定しなくって未決の時からそうやっている んですから未決囚というのは晴れて無罪で出て行く人もいるんですね。だからまだ刑は 確定していなくてその人が人を殺しただの、火をつけただのわかってないときからそう いういうふうに細かくいって、そういうふうにいって何になるんだろうと思うんですけ れども、死刑囚がそれを守らないと刑務官が今度は罰せられるんですね。公務員の中で 懲罰を受ける公務員が一番多いのが刑務官なんだそうですよ。死刑囚がいうことをきか ないというのは刑務官が言うことをきかせられないから任務を遂行できていない、そう いうことにしている。それで刑務官が死刑囚に笑ってよくいうのはおまえは死ぬまでだ けどおれはまだ何年も生きてなくちゃいけないからっていうんだそうですけれどもね。 やっぱりそういう人間関係は正しくないと思うんですね。やっぱり天気がいいねとか雨 が降っててうっとおしいねとか普通の感情から出てくる言葉を交わせないと人間じゃな いし生きているとはいえないんですから、隣同士でノックしあって話をしたってできる し、しゃべらせたってかまわない思うんですけどそういうこともやらせない。どうして やらせないかというと結局みんながしゃべりあうとけんかになるっていうんですね。も うおかしくって話にならないんです。それで暑いときは世の中が30何度というときに は拘置所の独居房の中というのは猛烈に暑くて50度を超えるときもあるそうなんです よ。寒暖計がないからわからないけど50度以上になっているだろうと刑務官がいうん ですからね。それで食器口を少しあければ少しの風でもとおりぬけますので3度や5度 は下がるんだろうと思いますけれどそれは何月何日にならないと開けてはいけないとか いう決まりがあっていくら暑くてもがまんしなくちゃならない。そんながまんなんてさ せたほうも何の得にもならないし、それから死刑囚はたまったもんじゃないんですね。 それで結局はけいだんの上で死んでいくんですから。よく気が狂わないでいられるもん だと思います。実際に精神分裂症になっている人もいますし、だけど精神分裂症になっ ている人の数が少ないんですね。だから死刑囚というのはよっぽどタフにできているん だなと思ったりしますけど、日々の積み上げの厳しい暑さとか厳しい寒さとか、つまん ないことに怒られては直していくとかして鍛錬していくので気が狂うひまもないのかな と思ったりしますけれど、それでやっぱり死刑囚だって社会と付き合いたいから親が生 きている人だとか兄弟がいる人は親や兄弟を通じて手紙を書いてその手紙をパンフレッ トのようなものに載せて彼はこういうふうに元気で生きていますというように証明して いる人もいます。そういう人は特に厳しく取り締まられていちいち手紙の書き方とかな んとか格下げするものも1ヶ月に10枚以内にしろとうるさいことを言われてそれでも じゃ10枚以内でできる限りのことを書いてやろうとして、木村修二が殺されたときに 彼の友達が向かいの部屋にいたからわかったんですね。それでおねえさんに手紙を書く んですけど、書いては管理部長から呼び出され、書きなおしては何とか部長から呼び出 されて幹部職員から3,4日呼び出され続けて、結局は本当のことは書けなくてただ、 木村修二さんは何月何日に朝8時前に連れ出されたんだとあっちの手紙にちょこっと書 いたり、こっちの手紙にちょっと書いたりしてやっと出すことはできたんだけど、読ん だ人は意味がわかってくれただろうかと心配するというそういうやりかたをしたんです ね。そんなことは自由でいいと思うのにやかましくいう、それで矯正施設はどうのこう のいう。それで笑うわけにもいかないからまあそうですかといって聞いてましたけど、 本当に誇りもなんにもない仕事をしているだなと思いましたね、刑務官というのは。で 死刑囚もかわいそうだし自分と親しくなくったって自分でできることだったら助けてや りたかったってことは本当だと思うんです。人のいのちを破壊するということは小説な んかで読むよりももっとすごいなんかがあってしかも執行する人はじかに自分がロープ を当てたとか自分がボタンを押したとかそういうことで人間は永遠にいなくなったんだ と思うと絶対にこれでいいやという諦めとか申し開きとか正当化することばは見つかっ てこないんですね。それで結局自分一人の中で家族にも話さなくって深く傷ついていく っていう姿を目にしたときにああやっぱり死刑というのはいけないことなんだからこん なに深く傷ついていくんだと思いました。もっと楽しいことだったらなんでもないこと だったらあんなふうに悩んでないだろうし、あんな風に傷ついていくんじゃないと思い ますから、人のいのちを奪うなっていいながら奪っているんですからね、国家は。それ で国家というのは形がありませんので刑務官にやらせている。そうすると刑務官だけが 苦しんで裁判官とか検事とか法務大臣は全然傷ついていないというのはどういうことな んだろうかと思います。法務大臣と裁判官と死刑をぜひやってくれといった検事と3人 で執行すれば執行はなくなると思います。すぐなくなると思います。もう絶対にやりた くないからこそ一番下の刑務官がやらされてるわけですからね。それで死刑囚はどんな に反省しようとどんなにいい人間になっていようとそんなことは一考だにしないで死刑 が確定してからもう何年も経っているんだからもうそろそろ殺したほうがいいとかいっ て感じで殺ろされたんじゃ人間としてのなんの誇りもないし、誇りなんかなくたってい いとはいいますけどやっぱり死刑囚だって人間なんですから誇りだとか尊厳だとかもっ てますし見栄もあるんですね。死刑囚くらい見栄っ張りな人はいないと思うほど見栄を 張っていきてますので、そういう意味でもかわいそうだなと思います。話が長くなりま したけどそれが刑務官77人を取材して書いた「死刑執行人の苦悩」のもとで、それで もまだ書き足りてないことがいっぱいありますので、有名死刑囚のことを書きたいと思 って「あの死刑囚の最後の瞬間」というのを書いたのですけれども、最後の瞬間という のは本当にもう最後ですから短くて書くほどのこともないんですけれども、やっぱりあ の執行台に引き立てられるときの模様がわかればみんなに読んでしってもらいたいと思 って13人くらいとりあげましたけど、13人といっても今人にいってわかるのは大久 保清とおばな保くらいじゃないでしょうか。その事件が起こった一つ一つはセンセーシ ョナリズムを起こして大変だったんですけれどもね、遠くなっていくんですね、次の事 件が起これば。だから和歌山のヒ素事件も次にもっと大きな事件が起こればわすれられ ちゃうんじゃないかなと思っています。そういうふうに簡単に忘れられるような事件か どうかはわかりませんけど、要するに絶対に忘れないわというほどのものじゃないだと したら死刑にする必要もないと思うし、それからぜひ殺してくださいといったから、じ ゃ殺してあげましょうというような単純なものじゃないんですからみんな殺されたこと は同じなのに一人だけ殺された人はぜひ殺してくれっていっていっても死刑にならなく て3人以上殺した人は死刑にしてくれるなといっても殺されちゃうという矛盾もありま すし、だいたい人を殺すというのはいけないっていっているわけですから、それを殺し ちゃうというのはもっといけないことだろうと思うんですね。で、いつもその矛盾をど う説明するのかと思って聞きにいきますと、法務大臣はごまかして私も実は終身刑を考 えたんだけど終身刑は死刑よりもずっと大変らしいから、だから死刑を執行するんだと 変なことをいうんですね。結局法務大臣が何かを持って死刑に望むということは一人も いなくってただ自分は法務大臣だから職務をまっとうするためにとかそういうことばか りいってあの死刑囚は日本にとって害毒だから殺したんだという人は一人もいません。 ということはやっぱり殺すほどのことはなかったんですね。人間は本当に80年か90 年、長くったって100年で死ぬんですから、生かしといたってどってことはないんで す。アメリカのように何百人とか何千人とか死刑囚がいるわけじゃなくって、50何人 しか死刑囚はいないんだったら生かしてただ飯をたべさせてもいいじゃないかと思うん ですけど、死刑囚もただ飯を食べるよりも働いたほうがいいっていいますから、それじ ゃ職業を斡旋して中で働かして一生入れておいてもらったほうがいいんじゃないかしら 。そうするとたとえば強盗・強姦をやった人が10年、15年ででてくるとまだ若いで すからあの男はまだ若いんだからうちの娘はちょうど年頃だからがあんな奴がでてくる と困るなあとか思う人がいるでしょうけど終身刑でずっと入れておくんだったらそうい うことは起こらないし、本人も死ななくてすむし、いいんじゃないかと思いますけど、 どうしてそういうことが考えられないかというと世間の意見なんだからだそうです。だ から一人でも多くの人に死刑というのはこういうことで人を殺すというのはこういうこ とであなたが自分で殺すのはいやだろうから、だったら死刑をやめたほうがいいと思う のよとかいって話をして一人でもああ私は死刑というのを考えたことはなかったでれど も、よく考えたら死刑は残酷な刑罰なんだと思う人ができたら、一人は死刑廃止のほう に方向転換したからよかったんだなあって思ってます。処遇の厳しさとかをしらないで すから処遇の厳しいことをやられているんだと手紙に書くとそれは出させないもんだか らそとにもれようがないんですね。で、もれないことをいいことにして次々と厳しくし て免田栄さんとか斎藤幸男さんとかが入っていた頃の処遇は、処遇は確かに独居房であ ったけど、運動の時間とかお茶の時間とかそういう趣味の時間とかあってみんなが団体 で楽しんでやってたし、刑務官もいっしょになってキャッチボールをしたりお茶をたて たりしてたんだそうです。だけど今はもう特殊房なんかにいれられた人は一日中、24 時間テレビカメラで中をのぞかれて何をしているか一挙手一頭足全部わかってしまって 眠っているときも起きているときも歯をみがいていようと顔を洗っていようと食事をし ていようと全部見えているんですね。そういう見られた生活というのはやっぱりいつも 何かを意識していなくちゃいけない、いつも見られているからといつも緊張してそれで こう歯が悪くなって結局歯を抜いちゃって総入れ歯になっちゃう人もいっぱいいますし、 そういう現実を見る度に「ああ、私は無力なんだな」と思いますけど無力でありながら できる限りのことをやってそれで法務省のあり方が正しくないんだということを教えて あげなくっちゃ法務省はますます厳しいことばかり言い出すと思うんです。死刑がなん でおこなわれるかということを考えたことがあるかって聞くと国民のみんなが賛成だか らいつまでたっても死刑なんてあるんだ、死刑なんてない国の方が文化的で大変いいん だけれども、とかいう職員もいるんですよ。じゃどうして死刑廃止をいわないんですか というと国民のみんなが賛成しているからとかいってみんな責任は国民になすりつけて いますので、国民には死刑の実態を知らせない、知らなきゃ死刑があるともしらないで いた私のような人もいますし、絞首刑なんていうといまどきそんなことをする国がある のといったりする人もいますからオープンにしてみんなが知ってみんながよく考える方 向に向けなくちゃいけないと思います。法務省っていうのか役所というのは全部頭が硬 くって古くてなんかこちこちにさびついたように思うんだけど中には一人二人よく話の わかる人もいてね、いや死刑は反対です、あんな残虐なことはない、とか言う人もいる んです。だからそういう人の意見を大きく取り上げていくような機構に役所をしていか ないといけないと思います。とにかく役所にいくっていうことはもう一日がかりなんで すね。たったちょっとの資料をもらうにしてもあっちじゃわからない、こっちじゃわか らないとかいって法務省の中をたらい回しにされてそして挙句の果てに最初の所に戻っ てきてそしてあなたのところに帰ってきたからには全部まわったわけだからなんかだし てちょうだいよというとかいうとそれは何とか課でとまたまわされるということで、私 は最初にいったときはそれを知らないもんですから朝10時にいって4時までかかって ぐるぐるまわっているだけで結局なんにももらわないで何にも聞き出せなくって帰って きたという笑えない体験がありますけど、役所というのはそういうところで、役人とい うのは自分がしゃべったとか自分が判断を下したとかいうように受け取ってもらってせ んでんされると困るというような体質があるんですね。自分はめだたなくてひっそりし ててあそこにいたのかっていうぐらいでいるのが一番うまいやり方だと思っているんだ そうですよ。だからそういう役人なんていらないと思うんですよ。役人の数も減らして。 元建設大臣の亀井静香さんは意外なことに死刑に大反対なんだそうです。私も知らなく ってたまたま会ったときに死刑の話を持ち出したら、死刑は絶対反対ですよ。やっぱり そういうことは民間の人が声をあげていかないと、役所の中で声をあげたってそれは役 所の中だけの声で外にはもれないからっていってましたから、検察庁にいる人もこう言 う人もいるんだなと思いましたね。それであなたにぜひ総理大臣になってもらって総理 大臣になったら死刑をやめろといったらやめるんじゃないかと思うからっていったら、 日本の政治はそんなにあまくないんだよ、俺が総理大臣になりたくっても「三ばん」特 に「かばん」がないからいつまでたっても冷や飯をくっているんだとかいって笑ってま したけどそういう人が本当に総理大臣になったら死刑はなくなるだろうなと思ったりし ますけど、そういうことは夢であってやっぱり地道に死刑はいけないことだからなくそ う、それから本当に文化的とはいえないことですので、人に縄をかけて吊るして殺ろす なんてことはみっともないし、たとえば外国人と話をしていてヨーロッパなんかでは死 刑はありませんのでね、いや私の国では死刑があるんですよというとじろっとみられて ね、野蛮な国でやっぱりそうなのかっていう顔をされてね、本当に肩身の狭い思いをす ることは何回もありますし、アメリカだって自分の所だって死刑をやっているくせに、 日本はまだ死刑をやってんのよっていったりしますので、死刑っていうことがいかに人 間的でないことの代表であるかってことをやっぱりわかってないと死刑は反対にならな いんですね。それっていうのが死刑の実態を知らないから。死刑の実態を知ったらあん なむごいことはと誰もが思うんです。たとえば伊勢に松坂というところがありますけど、 日本一おいしい牛肉を作っているところだそうですけれど、そこの牛を飼っているとこ ろでステーキとかバーベキューとか生姜焼きとか何でも焼いて食べさせるところがある んだそうですよ、となりで牛がいて食べられなかったわよという人が多いんですよ。牛 にさえそういう気持ちを持つんだったらもっとこう切実に悲しい問題だと思うんですけ れどもね、悪い奴は殺されて当然だというのが結局実態を知らされないから人間として 考えていないんと思うんです。私も死刑の取材をする前は死刑囚というのは怖くてなに かとって食われかねない感じがしてたんですけど、そうじゃないんですね、実際会って みると何ら変わりないんですね、普通の人と。全然変わりなくて。結局つかまって白状 して観念して後悔してもうすっきりした状態で会うんですから。普通の人なのにみんな が覚えているのは事件を起こしたときの凶悪な事件の様子とそれから生い立ちをごてご てと書き手の記者の気に入ったように悪く書いてある方が大衆受けがいいもんですから そういうことを書いてある週刊誌とかテレビとか報道された内容をみんな覚えていてそ れで悪い奴と思っているんです。私もそう思っていました。人殺しで死刑にまでなった んだからとって食わんばかりの形相をしているんだろうと思っていましたら本当に普通 の人でハンサムといえばハンサムな人もいるし、女の人はかわいらしいし小柄だし、ま あこんな小柄な人があんな大男を殺したなんでとか感じたりしましたので、みんなこう 同じなんですね。殺したことは確かにわるいことです。それでもう絶対に否定できない し、時間を元に戻して巻き戻して殺す前の時からやりなおしたいという死刑囚はいっぱ いいますけどそういうことはできないからちゃんと日常の生活を意識して生活していか なくちゃいけないと思うんですけど殺してしまったという事実は絶対に消しゴムで消す ようには消えないし、いなくなった人はどんなに泣こうが叫ぼうが戻ってこないんです から。だけどだからといってもう一人を殺したからといってもう一人を殺ろすってこと もやっぱりこれはいけないこなんじゃないか、たとえ犯人であったとしても心から反省 してなんとかして供養の形を残したいと思ってそれが供養になるとは思わないけど自分 でできる精一杯のことだっていうんであたしの知っている死刑囚は冬でもソックスもは かないで長い下着もきないでTシャツを着てその上に冬の上着を着ているだけで本当に 不思議な人ですね。はだしであしなんか冷たいだろうと刑務官も驚いていますが、「い や、僕は足がこごえようと霜焼けになろうと腐ってしまおうと、死んでしまった人はそ の痛みさえ感じられなくなってしまったんですから死んだ供養と思ってそれしかやりよ うがないんです。」っていってましたけど、本当にそういう気持ちになった人をただ時 間がたったから殺してしまうのはもったいないような気がするんですね。一生といった って短い時間のことですから、その短い時間を生きてもらってそれでたのしいというこ とはないんでしょうけど、春先になってくるとだんだん気温が高くなってきてあったま ってくるのがすごく骨身に感じて「ああ、春が来たんだな」って思えるっていう手紙を 受け取ったことがありますけど、本当にそういう実感が味わえるんだなと思いましたよ。 私なんかは暖房してて暑くなるまで暖房しててそれで春も半ば過ぎまで暖房器をしまわ ないでだらしない生活をしていますと、ああいう厳しい生活をしている人にだけ春とか 夏は感じられるんだろうなと思います。なんかとりとめもなくだらだらとお話しました けど今日はこのあたりでやめます。どうもありがとうございました。