被害者遺族と確定死刑囚の接見交流を求めて

上申書

高村法務大臣殿

名古屋拘置所在監死刑囚 長谷川敏彦
右の者について、一被害者遺族の立場から上申します。

     被害者遺族・原田正治

東西文化の交わる愛知県・名古屋市、その名古屋市から南に伸びる知多半島の入り口に私どもの住む東浦町があります。

思い起こせば十八年前の昭和五十八年一月二十四日未明、事故、いや事件は起きました。場所は京都府相楽郡木津町、私の弟原田明男は長谷川敏彦君(当時は竹内敏彦)経営の運送トラック運転手として雇われていました。この日、関西方面へ仕事で出掛ける途中での出来事です。交通事故に見せかけた保険金搾取の為に私の弟・原田明男は長谷川敏彦君・井田正道君(平成十年執行)・森川健太郎君等の手によって無惨にも殺害されました。その後、長谷川君においては、平成五年の秋、最高裁にて死刑の確定判決を受け現在名古屋拘置所に収監されています。井田君においては二審においてやはり死刑判決を受け、残念ながら死刑執行を受けています。尚、森川君については有期刑を受けています。全世界を見渡せば、死刑と云うものの存在を考え直すと云う時期に来ているのではないでしょうか?

被害者遺族として彼等に対し望み要求要望する事は決して死刑執行ではなく謝罪、償いだと考えます。生きる存在があるからこそ、そこに謝罪、償う意識が生まれるのではないかと考えています。そして以前には名古屋拘置所の温情ある取り計らいにて接見の場を与えられてはいましたが、現在においてはその事すらなくなりました。

現在、名古屋拘置所においても、今後、接見交流の場さえ無くなる可能性の者もおります。接見交流の場が与えられると云う事は少なくとも、加害者が被害者に対し謝罪し、償いをする意識を増幅できる場だと思っています。世界の中でも有数の水準を持つ我国日本の権威ある判断に対し反論すべき事ではありませんが、死刑を執行すると云うことの意味を深く再考頂きたく、ここに上申致します。

私、一被害者遺族としまして加害者に対し必ずしも死刑を望むものではありません。

加害者を死刑にする事によって、本当に被害者が救われるものなのでしょうか・・・・死刑によって何も解決しない、そして何一つ得られるものがないと思っています。

加害者に確定判決が下ると接見できなくなる現状があるという事、ご存知かと存知上げます。つきましては、加害者・被害者との接見、また、確定囚との接見交流のできる場を希望しております。このような理由から、死刑、接見交流について上申します。

愛知県知多郡東浦町○○○○

原田正治 印

平成十三年四月十八日